11月12日

ロスコとテートとアートバブル崩壊?

 
 

ここ数日盛り上がっているのが、テート・モダンでいま展覧会が開催中のマーク・ロスコ(Mark Rothko)の話題。テートとの間で60年代に交わされた寄贈品をめぐるやり取りが暴露されたり、先週のオークションの結果がアートバブル崩壊のバロメーターにされたりと、何かと話題がつきない。

 
Mark Rothko
Untitled, Mural for End Wall 1959
© 1998 by Kate Rothko Prizel and Christopher Rothko


まずその焦点になっているのが、今回の展示のハイライトでもあるロスコの晩年の大作シリーズ《シーグラム・ミューラルズ(Seagram Murals)》

褐色がどことなく乾いた血を彷彿させるこのシリーズは、1958年に、ニューヨークのシーグラムビルにあるフォーシーズンズ・レストランからコミッションされた作品になる。

その後、ロスコの気が変って企画から抜けたために、絵がレストランに飾られることはなかったが、ロスコは晩年のほとんどをこれの制作に費やし、描いた作品は全部で30点に上る。

そのうちの9点をテートが所蔵、普段は館内の特別室「ロスコ・ルーム」に展示されているが、今回『The Art
Newspaper』の調べによって、ロスコはこの9点だけでなく30点すべてをテートに寄贈したかったのだという事実が明らかになった。

この交渉を1965年から5年がかりでまとめたのが、昨年12月に享年91歳で亡くなったテートの当時の館長ノーマン・リード(Norman Reid)になる。

ロスコはリードを非常に高く評価していたようで彼を信頼して30点すべてをテートに寄贈すると決めたが、当時はいまに比べると現代美術なんて無いに等しかったようなもの。美術館の規模も今に比べて格段に小さかった(ちなみにテート・モダンが開館したのは2000年)。

よって、そんなにたくさんもらっても作品を常設できないという理由で、理事会がロスコのオファーを却下。ひと部屋にすんなり入る9点だけをありがたく受け取ることにしたという(1点は68年に、残りの8点は70年に受け取っている)。

ロスコの絵画といえば、2007年5月にサザビーズ・ニューヨークのオークションで現代美術史上最高額の7280万ドル(約88億円)で落札され、現在もっとも金銭的価値の高い作品のひとつになっている。

もし残りの21点も一緒にもらっていれば、今の相場で時価10億ドルは下らないだろうと見られており、テートはなんて勿体ないことをしたんだというのが今回、メディアの言わんとするところだが、40年後のアートの評価と相場なんて株と同じで予測がつかないもの。先週のオークションの結果を見ると、40年はおろか1年でさえ予測が難しいのが現状だ。

ちなみに、先週の水曜日にクリスティーズ・ニューヨークで売りに出されたロスコは、61年のMoMAでの回顧展の前年に描かれた《No43 (Mauve)》という油彩。

落札予想額は2000万ドル〜3000万ドル(約25億円〜37億円)と発表されていたが、ついに買い手がつかずに売れ残ってしまった。

この日の同社のセールは、58ロット中約半数が予想額を下回り、3割は売れずじまい。よって、つまずいたのは何もロスコだけに限らないが、専門家の間ではアートバブル崩壊を語る決定打と見る傾向があるようだ。

先月のフリーズは何とか持ちこたえた。思ったよりよかったと主催者側はポジティブな姿勢を崩さなかったが、数字をごまかせないのがオークションの辛いところ。ロスコ展は2月1日まで(トコ)。

詳しくはこちらで
The Art Newspaperのサイト
BBCのサイト
Tate Modernのサイト

これは余談になるが、1970年2月25日、残りの油彩8点がテートに届いたその日に、ロスコはニューヨークのスタジオで手首を切って自殺をしている。何という偶然!

 

11月10日

写真賞の話 (2)

 
 

ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリー(NPG)で公開中のテイラー・ウェッシング・ポートレート写真賞(Taylor Wessing Photographic Portrait Prize)の受賞者が発表になった。

英国外ではあまり知られていないこの写真賞は、ポートレートのみに限定、学生からプロの写真家までが肩を並べる公募形式の国際写真賞。これまでジョン・コーバル、シュウェップスなどスポンサーによって色々と名前を変えてきたが、今年からロンドンの法律事務所テイラー・ウェッシング社がバックにつきこちらの名前に変更。

2,500名を上回る6,758点の応募作品の中から選ばれた今年の受賞者は、1位から順にロティー・デイヴィース(Lottie Davies)、 ヘンドリク・ケルステンス(Hendrik Kerstens)、キャサリン・バレット(Catherine Balet)、トム・ストッダート(Tom Stoddart)の4名に、特別賞であるゴッドフレー・エイジェント賞を受賞したヴァネッサ・ウィンシップ(Vanessa Winship)を加えた合計5名。

NPGのサイトで受賞者の作品が見れるので、ぜひ参考にしてもらいたいが、今年の傾向を簡単に言うと、首位2名の作品に象徴されるように西洋絵画にベースしたアート・フォトグラフィーが優勢。

1位に選ばれた英国サリー州出身、37歳の商業カメラマンのロティー・デイヴィースは、キリスト教絵画の母と子の主題を借りて、セミヌードの母と五つ子がベッドのうえで戯れる艶やかな表現を大判カメラで展開。

カラヴァッジョやティツィアーノを参考にして作られたこの作品の基となったのは、五つ子を実際に出産したデイヴィーズの友人の体験談だったそうだが、より完成度の高いイメージ作りを目指して撮影ではプロのモデルを使用。赤ん坊はこのモデルさんの生後10週間の子供を様々なポーズで撮影して合成したものになる。

デイヴィーズは旅行からジャーナリズムまで各種雑誌に写真を提供しているプロの写真家になるが、受賞となったこの作品は記憶をテーマにした個人プロジェクトとのこと。

首位のデイヴィーズがイタリア絵画派ならば、2位のアムステルダム在住のヘンドリク・ケルステンスはオランダ絵画派。10年以上も撮りつづけている娘のポーラを、レンブラントやフェルメールのごとき構図とライティングで撮影。黒い背景から浮き立つ、振り向いた瞬間をとらえたモデルの顔のアングルと目の表情、肌の透明感がいかにもそれ風だ。

オランダの昔の女性像というと、数年前に話題になった映画『真珠の耳飾の少女』のなかでスカーレット・ヨハンソンもかぶっていたように髪飾りがつきもの。カーステンズもモデルに17世紀風の白い髪飾りをかぶせているが、よく見ると、これが買い物用ビニール袋だったりする。伝統とコメディのこの絶妙な対比のなかに、環境破壊の要因のひとつである私たちのビニール袋の使用についての警告がさりげなく込められている。

入選とは関係ないが、意外なところで面白かったのが、アーティストが被写体となって写るポートレートの数々。歯をむき出しにして苦しいまでの笑顔を見せるスティーヴ・マックイーン、青空の下、ジャンプスーツ姿で悠然とポーズをとるアントニー・ゴームリー、細々とした物がひしめくスタジオ内で撮られた96歳の巨匠ルイーズ・ブルジョア。日頃あまり表に出てこないアーティストにこういう形でお目にかかるのも楽しいものである。展示は2009年2月15日まで。 詳しくはNPGのサイトで。(トコ)

 

11月3日

写真賞の話 (1)

 
 

毎年恒例のロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリー主催のアワード「ドイツ・ボーズ写真賞(Deutsche Borse Photography Prize 2009)」のノミネート者が発表になった。

■ ポール・グレアム 
(Paul Graham, UK, b.1959)

マーティン・パーと並ぶ80年代の英国を代表するアートフォトグラファーのひとりで、モノクロが主流だった当時のソーシャルドキュメンタリーにいち早くカラー写真を取り入れた写真家。現在はNY在住。今回のノミネートは2007年秋に発売された12冊セットの豪華写真集『A Shimmer of Possibility』が評価されてのこと。ロシアの文豪チェーホフにインスパイアされたこの写真集は、ニューヨークの道端で見かけた人々を撮ったストリート写真になり、同じ被写体を連鎖的ショットで捉えた含みのある物語性が特徴のひとつ。12冊の写真集は全巻表紙の色が違うだけでなく、ページ数も1から60ページまで各巻内容にあわせて異なるという変わった構成。写真集マニアの間でコレクターズアイテムになっているようだ。私も欲しいがとても手が出ない。

 
Paul Graham:
A
Shimmer of Possibility
(Steid 2007/12)


■ エミリー・ジャシール 
(Emily Jacir, Palestine,
b.1970)

今回もっとも現代美術寄りで概念性が強いのが、パレスチナ生まれNY在住のこのエミリー・ジャシールになる。ノミネートの対象になったのは、第52回ヴェネツイア・ビエンナーレで発表され、国別および国際企画展部門で金獅子賞を受賞した『Material for a Film』。写真とテキストで構成されたこの作品は、1972年にローマでイスラエルの対外諜報部員により暗殺された文筆家ワエル・ズワイテルの人物像を、当時の写真やメモやそれらの解説によってつくりあげたもの。ここ数年欧米の現代美術で流行っている、実際に起きた社会的に重要な出来事を再現する「re-enactment(再現、再演)」の概念に則った作品の代表格になるようだ。

 
Emily Jacir,
Material for a film
Courtesy: the artist and Alexander and Bonin Gallery, New York


■ トッド・パパジョージ 
(Tod Papageorge, USA,
b.1940)

1979年からイェール大学芸術学部で教鞭をとるパパジョージは、リー・フリードランダーやスティーヴン・ショアーらと同世代のキャリア派になるが、若くして大学に戻ってしまったがために長いこと埋もれていた写真家のひとりになる。ロバート・フランク、ウォーカー・エヴァンスらを題材とする数々の論文で高く評価されており、その教え子にはフィリップ・ロルカ・ディ=コルシア、グレゴリー・クリュードソン、アナ・ギャスケルなど今を代表するアートフォトグラファーが多数控える。今回のノミネートはロンドンのマイケル・ホッペン・ギャラリーでの個展『Passing Through Eden - Photographs of Central Park』が評価されてのこと。詩的情緒溢れる一連のモノクロ写真は、NYのセントラルパークで撮った25年分の写真の中から抜粋されたものになる。

 
Tod Papageorge: Passing Through Eden: Photographs of Central Park
(Steidl, 2007/07)

■ タリン・サイモン
(Taryn Simon, USA, b.1975)

アメリカの若手の中で今もっとも注目されているのが、体系的かつ概念的な切り口で世の中の矛盾をカメラに捉えているこのタリン・サイモン。写真とテキストの二部構成をとることが多く、ビジュアルは静謐かつ象徴的。横のテキストを読んで初めて意味がわかるいう視覚と言語の対比を利用した方法論をとる。その代表作のひとつが、冤罪の被害者を追ったポートレートシリーズ『The Innocents』。今回の選出は、2007年にロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリーで発表された『An American Index of the Hidden and Unfamiliar』が評価されてのこと。4年がかりで撮られたこのシリーズは、核廃棄物処理施設など一般人が簡単にアクセスできない特殊機関を訪れて、象徴的だがその用途がわかりにく物や設備を静物的美学で捉えた秀逸作になる。写真集もとてもいい。『悪魔の詩』の著者サルマン・ラシュディが文章を添えている。

 

Taryn Simon
"An American Index of the Hidden and Unfamiliar"

ノミネート者の展示は2009年2月にフォトグラファーズ・ギャラリーの新スペースにて開催される。

ちなみにフォトグラファーズ・ギャラリーは、今月16日をもって現在のレスター・スクウェアの建物を閉め、オックスフォード・サーカス裏のRamillies Streetに移転する。新スペースの開館は12月6日。オープニング展は「Katy Grannan: The Westerns」。詳しくはギャラリーのサイトで。(トコ)

 

11月1日

フロイドがティツィアーノのためにテレビ出演

 
 

英国美術界の重鎮ルシアン・フロイドが20年ぶりにテレビカメラの前に姿を現し、ロンドンの美術界で今ちょっとした話題になっている。

取材をめったに受けないことで有名なフロイドが腰を上げたのは、ルネサンス期に活躍したイタリアの画家ティツィアーノの名画《ディアナとアクタイオン(Diana and
Actaeon)》
の国外流出を防ぐため。11月下旬まで本作が公開中のロンドンのナショナル・ギャラリーを訪れ、この作品のどういう点が素晴らしいのか、世界を代表する具象画家としてその見解を述べた。

「これ以上に美しいものは浮かばない。これだけ説得力があると、どう描かれたか考える気にもならない」。

当年86歳の重鎮がこう語るこの絵画は、これまで長期貸与のもとスコットランド国立美術館で展示されてきた作品になる。しかし、今年8月、その持ち主であるサザーランド公爵が作品を売却するつもりだと発表し、ロンドンとスコットランドの両国立美術館に5,000万ポンド(約80億円、換算レート1ポンド=160円)の「特別価格」で取引を提案。その資金繰りとして編み出されたのが、今回のティツィアーノ救済キャンペーンになる。

このキャンペーンには、デイヴィッド・ホックニー、アンソニー・カロ、デミアン・ハーストら60名を越える英国の美術家が参加しているが、そのリストのトップを飾っているのが今回チャンネル4のニュース番組に登場したこのフロイドになる。

フロイドといえば、今年春のニューヨークのオークションで《Benefit Supervisor Sleeping》が存命中の作家で最高価格の約35億円で落札され、現在、世界で最も高額な作家と見なされている。肉感的な裸婦を得意とするその画風は、ウォルター・シッカート、ウィンダム・ルイス、フランシス・ベーコンら英国の具象絵画の伝統を受け継ぐ正統派。2001年にはエリザベス2世の肖像画を描く命にも預かっている。

いわば、現代のティツィアーノにあたるのがこのフロイド。この両者の迎合から浮かぶイメージは、現代の巨匠が500年前の巨匠の助っ人として現れるといった美しいような恥ずかしいような構図。このイメージを強調するように、ティツィアーノの《ディアナとアクタイオン》がロンドンのナショナルギャラリーにある間、スコットランドの国立美術館の空いた壁にはフロイドの自画像がレンブラントの自画像と肩を並べて飾られているらしい。

なんとも立派な取り計らいだが、これで投資家の心が揺らぐかどうかは別問題。不況のニュースが相次ぐこのご時世、しかも5,000万ポンドという法外な金額、その上に期限は今年の年末!

ちなみに、サザーランド公爵が売却を検討中のティツィアーノはこのほかにもう一点あり、この取引が成功した暁には、そのもう一点の《ディアナとカリスト(Diana and
Callisto)》
も同額で2012年までに購入するオプションが両国立美術館に与えられるという。

余談になるが、5,000万ポンドといえば偶然にもハーストのダイヤモンドの骸骨と同じ金額。こちらの作品はいまだにその1/3の所有権が作家に属し、言い換えるならばその分は売れていないということになる。また、二週間前に流れた情報によると、今後8年以内にこの分の購入者が決まらない場合にはオークションに出される可能性もあるという。当代きっての稼ぎ頭でさえ苦戦している5,000万ポンドという金額。そんな大金が簡単に集まるのか。フロイド効果がどこまで有効か注目したいところだ。

テレビ出演の映像はチャンネル4のサイトで。

フロイドについては『アートコレクター』の前号(10号)にも特集が載っています。巨匠の17年来の友人かつモデルのデイヴィッド・ドーソンに彼にまつわる秘話を聞きました。詳しくはこちらで。(トコ)

 

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このページの掲載内容

ロスコとテートとアートバブル崩壊?
(11.12)

写真賞の話 (2
*テイラー・ウェッシング・ポートレート写真賞
(11.10)

写真賞の話 (1*ドイツ・ボーズ写真賞!
(11.3)

フロイドがティツィアーノのためにテレビ出演
(11.1)