8月30日

ロンドン・ギャラリー事情:ウェストエンドが復活!?
 
 

コレクターもディーラーもバカンスで不在の8月は、ロンドンの美術業界が一年でもっとも静かなとき。この異様な静けさは、アートフェアやオークションで盛り上がる秋に備えての体力温存ともいえなくないが、8月も終わりに近づき、商業ギャラリーがにわかに活気づいてきた。ざわつきの中心はここ数年、東に食われていた西の「ウェストエンド」。キーワードは「三号店」。

ホワイト・キューブ、古巣に戻る!
まずはロンドンの商業ギャラリーの金字塔。デミアン・ハーストやチャップマン兄弟などヤング・ブリティッシュ・アーティスト(yBa)を抱えるあのホワイト・キューブが、この秋に古巣であるセント・ジェイムズ(St James's)に新スペースをオープンすると発表した。

「すでに購入済み」と、2003年の『Luca』のインタビューで言われた物件は、93年開廊の今はなきホワイト・キューブのオリジナル店の斜向かいにあるメイソンズ・ヤード(Mason's Yard)内、かつて電力会社の施設に使われていた建物になる。オープニングの正式な日取りはまだ調整中のようだが、こけら落としを飾るのは、サーペンタイン・ギャラリーでの二年前の個展が好評だったメキシコの作家、ガブリエル・オロツコー(Gabriel Orozco)だとか。

東のホックストンと並んで、ホワイト・キューブの新たな拠点となる、このメイソンズ・ヤード。やや寂れた感じの小さなスクウェアは、21世紀のアートの中心地と呼ぶにはちと地味過ぎるような気もするが、実は知る人ぞ知る、ロンドンアート巡礼地のひとつで、ジョン・レノンオノ・ヨーコが出会ったことでも有名なインディカ・ギャラリー(Indica Gallery)があった広場であったりもする。そんな60年代前衛アートの聖地に、ブリット・アートの代名詞が腰を据えるとは非常に楽しみなことだが、11月には当時のインディカ・ギャラリーの展示を紹介するインディカ展も、ギャラリーは別になるがウェストエンドのライフル・メイカー(Riflemaker)で予定されているし、どうもこの秋はメイソンズ・ヤードの名前が再び人気を呼びそうだ。詳しくはギャラリーのサイトで。

■ ハウザー&ワース、三号店オープン
ホワイト・キューブがオリジナル店欠けての三号店開廊ならば、スイスのエリートギャラリー、ハウザー&ワース(以下H&W)は一、二号店フル稼働で、三号店をオープンする。

2003年にピカデリーに上陸したこちらのギャラリーは、今年5月にブリックレーン裏手に「大御所アーティストのためのプロジェクトスペース」としてロンドン最大の展示場コッパーミル(Coppermill)を開き、業界の話題をさらったばかり(詳しくは6月12日の日誌で)。10月上旬にオープンするロンドン第三号店は、繊維倉庫の建物をそのまま使ったコッパーミルから大きく路線を変更し、ボンド・ストリートにある伝統絵画を専門とする18世紀創業の老舗画廊、コルナギ(Colnaghi)の建物内に開廊。そのインテリアは、ナショナルギャラリー顔負けの伝統派、しっとりとした赤壁の展示室になる。オープニングは、マルセル・デュシャンと並ぶモダニズムの巨匠、フランシス・ピカビアを持ってくるとか。

H&Wのユニークな点は、モダンアートにつきものの真っ白で四角い展示室である「ホワイト・キューブ」(上で紹介したホワイト・キューブ・ギャラリーもここから名前をとっている。詳しく知りたい人はBrian O'Dohertyの『Inside the White Cube』を読むべし)に徹底して「抵抗」していること。実はこの点についてはディレクターのグレゴー・ミュラーに、「展示スペースは挑戦的で、型破りで、いろんな意味で刺激的であることが重要」と『マリ・クレール』の取材のときに力説されたのだが、ピカデリー、コッパーミルにコルナギが加わり、その三者三様の姿に、彼の言葉がさらなる重みを持つことになるようだ。詳しくはギャラリーのサイトで。

あのガゴーシアンも、三店舗目?
2004年春にロンドン北部のキングス・クロスに美術館級のスペースを出して以来、中心部ヘドン・ストリートの展示室が存在希薄になっているガゴーシアン。業界内ではキングス・クロス一本に絞るみたいだとも囁かれていたが、どうもこれはガセネタだったようで、パブロ・ピカソの有名な版画「LaMinotauromachie(ミノトーロマシー)」(1935)を引っさげ、三号店となる新店舗を今年6月、メイフェアにオープンした(ヘドン・ストリートのスペースは「GAGOSIAN」と看板を出したまま閉まった状態。物件は売却済みという噂も)。

ピカソと来れば自ずと知れたものだが、デイヴィス・ストリート(Davies Street)に構える新店舗は、東によくある「来る者は拒まず」の若手ギャラリーとは違って、入口にドアマンが控えるお高いスペース。高級ブティックのような店構えからも、コレクターを対象としたビューイング・ルームといった匂いがぷんぷんする。8月14日より展示第二弾となる、アンディ・ウォーホールエド・ルシェダグラス・ゴードンのヴィンテージ・プリントを集めた写真展が開催中。詳しくはギャラリーのサイトで。

スプルース・マーガーズ・リー、決別&再出発
シンディ・シャーマンやバーバラ・クルーガーなど大物作家を紹介してきた、ディーラー三者による共同ベンチャー、スプルース・マーガーズ・リー(Spruth Magers Lee)が組織再編成。かたやリー、こなたスプルース&マーガーと二つのグループに別れ、それぞれギャラリーを運営していくことを発表。これまで使ってきたバークレー・ストリートのスペースは、9月1日からサイモン・リー・ギャラリーへと名称変更。7日から始まるオープニング展は、チセンヘール・ギャラリーでの個展が好評だった若手トビー・ズィーグラー(Toby Ziegler)展でスタート(日誌2005年3月9日を参照)。一方、スプルース&マーガー側は、ロンドン市内に新店舗をオープンする準備を進めている。詳しくはギャラリーのサイトで。

■ ホールズワース、移転オープン
ウェストエンドの老舗画廊街、コークストリートのスペースを一年前に閉めたホールズワース(Houldsworth)が、場所をノース・ケンジントンに移し、正式に再オープンする。ラドブローク・グローブ駅の北に位置する新スペースは、いかにも「商業」ギャラリーだった前スペースから180度路線を変更し、若手を育成するプロジェクトルームとしてオープン。9月8日から始まるオープニング展は、漫画風のなんとなくカワイイ絵を得意とするカナダの作家ニール・ファーバー(Neil Faber)の個展だとか。10月から始まるグループ展には、ここ最近ロンドン、NY、東京と大活躍のロンドン在住の日本人作家、さわひらきさんも参加するとか。詳しくはギャラリーのサイトで。(トコ)


 

8月22日

まとめて…
 
 

久々の更新です。たまりにたまった記憶の山から、印象に残った展示を紹介していきます。

■ まずは日本人ネタからで、前にも紹介したMatsuriのメンバー企画によるダニー・サングラ(Danny Sangra)の個展。ウェストエンドのど真ん中、ソーホーにある人気セレクトショップ、ピニール・アイ(The Pineal Eye)にて開催。鏡張りのクールな店内には、ヤクザ漫画とウォーホールとリキテンシュタインを足して三で割ったようなポップな絵画が、小振りながらも噛み付くような迫力で展示されている。

帰りがけにチラッと見かけたサングラは、まだ25そこそこの若手だが、クールな作風がファッション界のトップデザイナーの間ですでに人気だそうで、ステラ・マッカートニーやマーク・ジェイコブスらとコラボをしている。人だかりでまったく見れなくて残念だったが、オープニングのライブでパフォーマーが着ていた服も彼がペイントしたものだとか。この秋のロンドンファッションウィークで発表されるという噂。詳しくはこちらで。

 

Danny Sangra展の展示&オープニング風景
Photo: Toyoko Ito

■こちらは「Dazed & Confused」や「Numero」などの雑誌でのお馴染みのデザイナー兼イラストレーター、ジュリー・ヴァーホーヴェンJulie Verhoeven)の展示。経済誌『The Economist』の出版社ザ・エコノミスト・グループの自社ビル一階のロビーと、屋外の広場を使っての展示になっている。

すごかった前評判に反し、蓋を開けてみると意外に地味なショー。室内の展示は小振りのスカルプチャーが1点のみ。屋外の作品もビルの柱に施した‘装飾’だけ。まさかこれだけ…と一瞬拍子抜けしてしまったが、よ〜く見ると、ディテールが凝っていてかなりいい。特に、この柱の‘装飾’、一見粗雑に見えながらも、有機的なフォルムの絵画やドローイングに貝殻や陶器の破片が埋め込まれ、そのデリケートな素材が広場のコンクリートといい対比をなしている。イメージ的には少女時代の夏の思い出といったところ。雨に曝すにはもったいないが、そこがまた儚くて良かったり。9月15日までウェストエンドのライフルメイカー(Riflemaker)でも9月11日から個展が始まる。

 



Julie Verhoeven展の展示風景
Photo: Toyoko Ito

■ ヴァーホーヴェン展開催中のこのエコノミスト・ビル(The Economist Building)。建築家がピーター&ロバート・スミッソンだということは知っていたが、私にはどう見ても‘冴えない’オフィスビル。だから何日か前にミケランジェロ・アントニオー二の「欲望(BLOW-UP)」(66年)を見いて、冒頭のシーンのロケ現場に使われているのを発見した時にはとてもびっくりしたが、60s金字塔の映画に使われるくらいだから当時はかなり脚光を浴びていたようだ(ちなみにここが使われたのは、道化者のような格好をした若者達がジープに乗って登場するシーン)。

実はこの映画の展覧会が今、レスタースクウェアのフォトグラファーズ・ギャラリーで開かれているのだが、これがなかなかのお薦め。

麗しきデビット・ヘミングス扮するカメラマンが主人公のこの映画。その一般的な見方は、売れっ子カメラマンとモデルの華やかな関係が時代のアイコンとなったスウィンギング60sをサスペンスで包んだ超スタイリッシュな映画といったところだが、映画論の分野では、写真という記録メディアの真髄に挑んだ作品として評価されているらしく、フォトグラファーズギャラリーの展示でもその点が強調されている。

 

その焦点となっているのが、映画のなかで主人公のカメラマンが公園で撮った男女の逢引の写真(写真を実際に撮ったのはフォトジャーナリストのDon McCullin ドン ・ マッカラン)。盗み撮りされたことに気づいた女が身体を張ってネガを取り戻そうとする執拗さに、「これは何かある」と感じとったたカメラマンがその謎を求めて写真を極限にまで引き伸ばしていく(これを英語で'blow-up'という)。引き伸ばされるにつれ、次第に抽象化していくイメージ。その過程で漠然と浮かび上がってくる新たな像。その像がカメラが捉えた真実であるのか、それともカメラマンの思い過ごしなのか。この展覧会では、カメラが捉える像の真偽性が、映画のショットと抽象画を通じて問われている。

■ 場所は飛んでイーストエンド。こちらはホワイトキューブのあるホックストン・スクウェアから徒歩20分ほど北に行った倉庫街で開かれた「ジョージ・ポルケ(George Polke)」という名の展覧会。大学出たての若手50名の作品を展示(12日で終了)。

作家には少々申し訳ないが、まずなんと言っても一番印象に残ったのが、この立派で美しい会場。これまで行ったどの倉庫よりも格段に大きくて、間口の狭いドアをくぐって中に入ると、なんといきなり膨大な量のガラクタに出迎えられる。が、そのガラクタが絶妙にこの大箱のスペースにもマッチしていて、高橋知子のインスタレーションじゃないが、まるでそれ自体が作品のように見えなくもなく、あっぱれ。

一方、作品の方は、場所の個性がこれだけ強いせいか、小屋サイズ日曜大工風の立体がゴロゴロあった割りにはいまひとつ印象に残らず少々残念。ただラッキーだったのが、二年前にスレイドの卒展で見た津野田薫さんのキネティックなスカルプチャーにまたお目見えできたこと。今回は木製の円卓にルーレットをセットして、それをガラスの蓋で閉じただけのシンプルな作品だったが、一見どこも動く部分がないように見えながらルーレットが断続的に回り続けるという、どこかSFめいた作品だった。スレイドの時の作品は来月25日までサセックス・バーン・アート・ギャラリー(Sussex Barn Art Gallery)で見れるとか()。

 



George Polke展の展示風景
上)手前の宇宙飛行士風のスカルプチャーはアリステア・ベイリーの作品
下)津野田薫,
Photo: Toyoko Ito

ちなみにこのショーのキュレーターは、デミアン・ハーストのスタジオに所属するルイーズ・オヘア(Louise O'Hare)女史。展覧会のタイトルになっているジョージ・ポルケとは彼女が作り上げた架空の人物の名前だそうで、そのタイトルと展覧会が実際どう繋がるのかは全くもってピンと来なかったが、よくある若手のショーということで深く考えるのはやめた。8月13日をもって展示終了。くわしくはこちらで。

■ こちらはみなさんもうご存知。上でチラリと触れたハーストの巨大妊婦像「The Virgin Mother」で、ロイヤル・アカデミーサマー・エキシビションの出品作品として、5月から中庭に展示されていたもの。終了間際にやっと拝めた。この作品も、カウンティーホールのサーチギャラリーで前に見たハーストの「Hymn」同様に、臓器を見せるように体の表面が一部剥かれているが、ブロンズという定番素材がいけないのか、ドガのバレリーナを模したエレガントなポーズがいけないのか、単にこの手のエグい作品を私が観すぎてしまったせいなのか、巨大だということ以外に揺さぶられるものがあまりなくて残念。8月20日にて終了。

 

Photo: Toyoko Ito


■ 一方、山椒は小粒でもピリリと辛い(?)のが、ソーホーのLaz Inc.で見たポリー・モーガン(Polly Morgan)のウサギの剥製。皮を剥いだわけでも、血や骨が見えているわけでもなく、ただウサギがクタッとしているだけなのだが、いたいけな小動物の死体がアートとして差し出されているところに胸が痛くなる。

実はこのモーガン、英国の美術界で剥製の人気がじわじわと高まるなか、その旗手としていま最も持て囃されている作家のひとりだという。あのケイト・モスも彼女のコレクターのひとりだそうで、噂によると、アオガラの剥製を数千ポンドで購入したばかりとか。地下の展示室にあったあれがそうなのか…。(トコ)

 
Photo: Toyoko Ito

 

8月22日

余談…

 
 

■ 『marie claire (マリ・クレール)』(9月号)特集『マリ・クレール4都物語vol.1 ロンドン新発見!』で、「LONDON culture」を担当しました(p84-89)。『Time Out』の編集長ゴードン・トムソン、今年のターナー賞ノミネート者マーク・ティッチナーの他、マーク・クイーン、ジェイミー・ヒューレット、スタンリー・ドンウッドなどに取材をしました。(トコ)

 

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このページの掲載内容

ロンドン・ギャラリー事情:ウェストエンドが復活!?
*ホワイト・キューブ
* ハウザー&ワース
* ガゴーシアン
スプルース・マーガーズ・リー、
(8.30)

まとめて…
* Matsuri
* ジュリー・ヴァーホーヴェン
* 欲望(BLOW-UP)
*ジョージ・ポルケ
*デミアン・ハースト
*ポリー・モーガン
(8.22)

余談…
(8.22)