34歳の若さで亡くなった與語直子さんの訃報から4年。仲間の並々ならぬ努力が実り、3つの素敵なことが起こりました。一つめが、直子さんの遺作である「GRANADA」が写真集になったこと。二つめが、その「GRANADA」を披露する展覧会がロンドンと東京で開かれることになったこと。 そして、三つめが、直子さんの活動を受け継いで美術家支援プログラム「ALLOTMENT」が発足したこと。そのロンドン展のオープニングの会場で、自ら画家でもある夫の近藤正勝さんにお話をうかがいました。


今回の展覧会は直子さんの写真家としての活動を広く知ってもらうよい機会になりそうですね。 直子さんはずっと写真をやられていたのでしょうか? 

大学での専攻は立体でした。でも写真にも興味があり、卒業展の作品にも使っていましたが、本格的に始めたのは卒業後になります。実生活のなかで制作をするうちに、フォーカスが自然に写真一本に定まっていったようです。最初の数年はどんなテーマをどういうクオリティで撮りたいのかなかなか見えなっかったようですが、米田知子さんや松江泰治さんなどと交流を持つうちに、一つクオリティの重要性に改めて気づいていったようです。

いつもモノクロの風景写真を撮っていたのですか?

撮る対象はいつもほぼ風景で、初めの頃は、駅や倉庫など人の匂いがする場所でした。カメラはペンタックスの中型カメラで、いつもモノクロフィルムで撮ったものを、家の小さな暗室で現像しプリントしていました。

今回の展示作品「GRANADA」は遺作だそうですね。

はい、亡くなる一ヶ月前に、グラナダに撮影旅行にいって撮ったものになります。ひとりで三週間ほど現地に滞在し、レンタカーで撮影して回ったようです。その時に撮ったフイルムが40本ほど、葬儀とかすべてが終わった後に暗室から見つかり、それを友人の写真家に頼んで直子と同じような方法で現像してもらうことができました。適切な現像液の状態、浸す時間などは撮影した本人にしかわからないものですが、幸いなことに昔の記録をつづったノートが暗室に残っていました。



Naoko Yogo, from Granada serie

その中から選んだのがこの16枚ですね。どんな視点で選んだのですか?

400枚もの写真に目を通していくうちに、自然を地誌的にとらえようとしながらも、自己の静観的な内部空間を映し込むことに成功しているいくつかの写真の存在に気づき、そこを意識して選びました。

その後に今回の展示と写真集刊行の運びとなりましたが、その経緯を教えてもらえますか?

まず僕の生活が落ち着くのに一年、そのあとフィルムの現像や写真選びにもう一年かかりましたので、会場を探し始めたときには、葬儀から2年が経過していました。また、会場も、安直にどこでもよいわけではなくて、直子と何らかの接点があり、遺作展という趣旨を理解してくれることが重要でしたので、最初は難航しましたが、あるときに彼女の母校のチェルシー・カレッジ学内でギャラリーを運営しているドナルドさんに会う機会があり、そこから話がとんとん拍子に進みました。

厳しい状況のなか展示を実現できたのには、夫を越えて近藤さん自身が美術家であることが大きかったのでしょうね。

そうですね。もちろん愛情もありますが、その前に「いい作品がある」ことが大前提でした。もしそれがなかったら、こんなことしなかったと思います。現代美術の世界で仕事をしていると、その時々の美術のトレンドや商業的な成功、人脈作りなど、様々なことに振り回されますが、最終的に残るのは「いい作品」だと思います。いい作品があるから見たいし、見せたい。そこが重要なので、画廊や出版社を回った時もまずは「この作品を見てください」とお願いしました。



会場の展示風景。チェルシー・カレッジが運営するこのギャラリーは、ロンドンにしては珍しい高層ビル型マンションのロビーを展示場に用いたモダンな空間。ゆったりと設置された白壁に写真が二枚ずつペアになって展示されていた。

個展と一緒に美術家を支援するプロジェクト「ALLOTMENT」を立ち上げられましたが、これはどういう動機で?

若干ですが、彼女の残した遺産があり、それを何かに使いたいと思いました。ドナルドさんが運営しているチェルシー・アートクラブに若手の育成に使われる寄付金プログラムがあり、はじめはそこに寄付をしようかと思いましたが、友人といろいろ話すうちに、「日本には支援プログラムがあまりないよね」という話になりました。イギリスでは、美術家が亡くなると遺族がよくアワードが設立します。美大でも夏休み前になるとトラベルアワードをはじめ様々な助成プログラムが組まれますが、日本ではあまり聞きません。

それで対象者が日本人なのですね。トラベルアワードという形式にこだわったのは、直子さんが旅行をしながら制作をしていたからですか?

その通りです。幸い直子は今回こうして展覧会を開けましたが、大学を卒業して美術作家としての活動を始めると、経済的なことをはじめ時間や制作場所の確保など様々な問題に直面したり、作品そのものに閉塞感を感じたり、考え込んだまま1年、2年と過ぎてしまうことがよくあります。でもその時に、「旅行をして作品を作るんだ」と決めてしまえば、体が動きます。環境を変えて思考を刺激し、新たな対象と出会うことで様々なことが動き出します。いま話したような理由から、まだ甘えてられる学生は対象から除き、プロの作家にしぼりました。

だから対象者が25歳から40歳のプロの美術家なんですね。受賞した人は何をしなければいけないのでしょう?

1年以内に賞金を使って旅行をしてもらいます。旅行の後、半年以内にレポートと作品を提出してもらいます。ただし後者については、作品が必ずしも完成していなくても構わないと思っています。制作を現地でしてもいいし、帰ってきてからしても構いませんが、とにかく作品のためにどこかに行って、ソースとなる要素を見つけてほしい。それがこちらからの希望になります。



Naoko Yogo, from Granada series

アロットメント(allotment)とは、イギリスによくある市民が借りれる農園のことですが、なぜこの名前を選んだのでしょう?

実は生前に直子は南ロンドンのミッチャムにアロットメントを借りていて、週に一、二回、自転車で通って野菜を育てていました。当時は、そこで採れたキュウリのおひたしを食べながら、そんなことに熱中している直子のことを仲間内で楽しく笑っていましたが、亡くなってからあのアロットメントの存在が美術作家として模索する彼女の心の支えになっていたことに気がつきました。畑を耕して、野菜や果物を育てていく地道で素朴な行為の中に、ものの美しさや儚さ、そこに有るべき本当の意味などを学んでいたのではないでしょうか。こういったところから、小さな畑ながら若い作家の土壌になれるように「ALLOTMENT」と呼ぶことにしました。

直子さんが畑の土壌ならば、近藤さんは水や太陽。「ALLOTMENT」は近藤さんの理想でもありますね。

理想というよりは、最低限だけれどあるべき作家支援の仕方だと思っています。美術の真の厚みというのは一個人による作品ひとつひとつの集積だと思います。その一点の作品を作ってほしいのです。この資本主義の中で肥大してゆく現代美術という魔物と戦いながら、地道に制作活動を続けている作家が、また一つ新しい作品を作る手助けになればいいと思っています。

最後に、「ALLOTMENT」の今後の構想を聞かせてもらえますか?

できれば来年あたりから賛同者の寄付を募り、「ALLOTMENT」の土壌をより良質なものに改善し、継続的に多くの作家と関わりを持っていけるように考えていますので、ご協力いただける方は是非連絡していただけると嬉しく思います。理想としては賛同者が「ALLOTMENT」の場所を借りて若手作家を支援できるような、しっかりとしたフォーマットづくりをしたいと思っています。



本展示に合わせて蒼穹社から展覧会図録を兼ねた写真集「GRANADA / YOGO NAOKO」が刊行され、展来会のオープニングの晩に初公開された。レコードジャケットを思わせるサイズの写真集は、グラナダの山景色から白抜きのタイトルが浮き立つ美しいデザイン。


與語直子(Naoko Yogo)

1971年、愛知県生まれ。2005年に英国ロンドンにて逝去。カンバウェル・カレッジ・オフ・アート・アンド・デザインでファンデーションコースを終えた後、チェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインの彫刻家に進学し、1998年に卒業。2003年にプラスギャラリー「オン・ザ・ペーパー」展(名古屋)、2005年にGALLERY龍屋(名古屋)と西瓜糖(東京)で「與語直子新作展」。

近藤正勝(Masakatsu Kondo)
1962年、愛知県生まれ。ロンドン在住。1993年にロンドン大学スレイド・スクール・オブ・ファイン・アートを卒業。1997年に第20回ジョン・ムーア賞(英)で優秀賞受賞。2000年に東京オペラシティ・アートギャラリー「Prime 記憶された色と形」展、2003年にデイヴィッド・リズリー・ギャラリー(英)「Botany/植物学」展、2009年に名古屋市民ギャラリー「景 projection/reflection」展など、国内外での個展・グループ展多数。


展覧会情報:

London:
Granada / Naoko Yogo
091203 - 100131
CHELSEA FUTURESPACE

www.chelseafuturespace.org

Tokyo:
Granada / Naoko Yogo
100227 - 100327
KANDADA
www.commandn.net

リンク:
www.allotment.jp
www.sokyusha.com


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