Alastair Mackie, Untitled (+/-) , 2008
David Roberts Art Foundation, Fitzroviaでの展示風景
Photo: Toyoko Ito


また動物がらみで申し訳ないが、ペリットという言葉をご存知だろうか?英語で書くと「pellet」。一般的には、圧力を加えて硬くなった小粒の球のことを意味し、散弾銃の弾などを指す言葉として使われているが、ここでお尋ねしたいのは、もう一つの意味のほう。つまり、フクロウなどが吐き出す嘔吐物のこと

歯を持たぬフクロウはネズミなどの小動物を捕まえて丸呑みにするが、骨や毛などの硬いものは胃で消化できず、一塊にして口から吐き出してしまう。この塊をペリットと呼び野鳥の研究などに使われているが、それを何千、何万と集めたうえに、ご丁寧に骨と毛に再分解し、それを使ってスカルプチャーをつくっている一風変わった作家がいる。

それがいまウェストエンドのデイヴィッド・ロバーツ財団(David Roberts Art Foundation)で個展「Not Waving but Drowning(手を振ってるんじゃない 溺れてるんだ)」を開催中の若手作家、アラステア・マッキー(Alastair Mackie)になる。このタイトルは、本当は海で溺れているのに手を振っていると仲間に勘違いされた哀れな男について書いたスティーヴィー・スミスの詩が基になっているが、それが仄めかすとおり、コミュニケーションの難しさを指摘するような、見た目と真相に違いのある展示になっている。

そのハイライトとなっているのが、地下に展示されたはたおり機とおが屑の山のようなもので構成されたインスタレーション《Untitled (+/-)》。この手のコンセプチュアルアートの例にもれず、一見しただけでは織り機とくずの山がどう繋がり、何を意味するのかまったくわからないが、横の解説にその真相が隠されていた。

それによると、これは作家が一年かけて集めたメンフクロウのペリットを分解して得たネズミの毛と骨を使った作品で、その毛を紡いで糸をつくり、それで織った布が機にかかっているグレーの布。一方、床に積まれた屑の山は、同じペレットから採集した骨を集めたものになり、つまりは両方ともネズミが原材料。

気の遠くなるようなプロセスに、常軌を逸した素材とその調達法。その外れ具合があまりにも激しくて一笑に付したくなるが、その一方で、この笑いをかき消すに十分な自然界と人間界の厳しい摂理を感じる。自分よりも強い動物に食べらて果てる弱肉強食の自然界。人間の衣食住文化を支えるために消耗されていく動物たち。そして、死とは一体どういうものなのか。

先のスミスの詩は、必死で助けを求めていたのに友人や家族に真剣に相手にされずに死んでいった男のことを喩えたものだと言われている。マッキーのこの作品は、納屋の隅っこでフクロウのご馳走となって死んでいったネズミたちの死後の話。小さな生き物たちのアンドラマチックな最期。死とは所詮そういうもの。若干、まだ小骨が胃に残っているような気もするが、久々に見る味わい深い作品であった。


Alastair Mackie, Untitled (+/-) , 2008
David Roberts Art Foundation, Fitzroviaでの展示風景
Photo: Toyoko Ito
山済みになったネズミの骨。すべてペリットを分解して集めたもの。


Alastair Mackie
Not Waving but Drowning
David Roberts Art Foundation, Fitzrovia
090116 - 090328



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