Gelitin, normally, proceeding and unrestricted with without title, 2008
Mixed media, Courtesy the artists, Photo: (c) Stephen White




文: 伊東豊子(Toyoko Ito)

嬉しい夏の到来!ビーチから程遠いロンドンではこの季節になると、公園で水着姿になって日光浴をしている人をよく見かけるが、その延長線か――。コンクリートの建物の二階にボート場という異様な光景が、開館40周年を祝うヘイワード・ギャラリーに出現し、注目を集めている。

眺めのやや寒いテラスに出現したのは、オーストリアの4人組ユニット、ジェラティンによる即席ボート場。高さ1メートル20センチの塀で囲われたベランダに水を引いて、そこに小さな船着場と、木の箱とペットボトルの空き瓶でできたお手製のボートを浮べて完成。ボートにはオールがついているものの、木製乳母車のような簡素な本体は、今にも転覆しそうなくらいヒクヒク。よって出たはよいものの操作が難しく、ダイバーズスーツ姿の監視員が「池」に入り、手でボートを引いて戻ってくるという有様。お粗末な体験であったが、階下の通行人を眺めながらのボート漕ぎは怖さ余って違和感たっぷり。そんじょそこいらでできる体験ではない。

この奇想天外なアトラクションが人気の展覧会「Psycho Building」は、英国からアルゼンチンまで国内外の作家11名による建築サイズのインスタレーションを集めた、ヘイワード今年一番の目玉企画。「ブルータリズム」と呼ばれる建築様式の建物の室内と屋外に、トーマス・サラセノのアスレチック系「バルーン」からエルネスト・ネトの官能系「匂いのストッキング」まで、五感を揺さぶる体感アートが鎮座している。


 Tomas Saraceno
Observatory, Air-Port-City, 2008

Mixed media
Courtesy the artist and Tanya Bonakdar Gallery, New York, Photo: (c) Stephen White

この体感性と並んで目立つのがレジャー度。同じくテラスに建つスロヴェニアのトビアス・プトリーのビオモルフィックなプレハブは、その中で映画が鑑賞できる本物の映画館。クリス・バーデンの84年のパブリックワーク《Beam Drop》のドキュメンタリー映像をはじめ、ゴードン・マッタークラークグレゴー・シュナイダーなど著名美術家6名の映像が上映されている。

また、前出のアルゼンチンのサラセノの作品は、バルコニーに宇宙ステーションのごとく出現した巨大なバルーン。透明な強力ビニール素材と覚しきものでできたその室内は上下二層に分かれていて、くじで当たった者だけが更に十数メートルの足場をのぼって上の層へと進むことができる。下の階は床が空を映す鏡になっていて、壁がクッションのようにふかふか。座って上を見上げると、ビニールシートの上をクモのように這う人の姿が見える。これは見た目の印象になるが、上の階での冒険にはかなりの度胸と体力がいりそうだ。

これらに比べ、室内にはよりセンシュアルな作品が並ぶ。薄い半透明の膜が腸のヒダのように垂れ下がるブラジルのネトの作品は、胡椒とクローブとシナモンの甘い匂いに心と体が休まる癒しの空間。現在、森美術館の『英国美術の現在史:ターナー賞』に出品中の英国のレイチェル・ホワイトリードの作品は、室内空間を模ったこれまでの原寸大彫刻とは打って変わって、人形の家200個を並べてつくったポエティックなジオラマ。また、日本から参加しているアトリエ・ワン(Atelier Bow Wow)は、ヘイワードの建物の構造にチューブが使われている点に着目し、館内一階と二階を結ぶ鉄製のトンネルをこしらえている。そのスカルプチャー然としたミニマルな形態を前に、一瞬、中を歩いてよいものかどうか戸惑ったが、さすが建築家ユニット、外から眺めるだけなど勿体つけたことは言わない。ガンガン歩いてよし!


Atelier Bow-Wow, Life Tunnel, 2008
Steel plate, Courtesy Atelier Bow-Wow, Photo: (c) Stephen White

このようにやたらデカくて、遊べて、楽しい、というのがこの展示の三本柱のようだが、館長みずからが執刀した本展のキュレーションの上手いところは、そのなかに爆破のシーンという穏やかならぬモチーフを度々混入し、このお祭りムードにさりげなく水を差しているところだ。

それが顕著なのが、壁や家具が木っ端微塵に粉砕するその一瞬を再現したキューバのユニット、ロス・カルピンテロスのショールームのような部屋や、子供時代に住んでいた韓国の家が、アメリカ留学時代のアパートメントに激突して崩れる、韓国生まれNY在住のスゥ・ドーホーの原寸五分の一サイズの模型。両作品とも迫力、ディテール共に抜群だが、前者は災害やテロ、後者は東西文明の衝突など、爆破のモチーフの陰に潜むメッセージ性に惹きつけられる。また、去年のターナー賞ノミネート作家、英国のマイク・ネルソンの斧でギャラリーの壁をめった切りににした作品もこの部類に入り、爆撃の後のアジトのような凄まじい状態に、「なにが起きたのだろう?」「これは一体作品なのか?」と考えずにはいられない。

ヘイワードの建物の設計者には、数年前に日本でも水戸芸術館の展覧会などで注目された、60年代に注目を浴びたアンビルト建築の提唱者であるアーキグラムのメンバー3名が含まれているらしい。そう言われてみると、美術における空間表現を検証するこの展示には、ジェラティンのボート場しかり、サラセノのバルーンしかり、合理性と機能性を犠牲にユートピアの実現に夢を馳せたアーキグラムのプロジェクトに通じるユーモラスな発想に満ちている。その一方で、ここには9.11以降の社会により相応しいと思われるディストピアも存在する。レジャー感覚の裏側で、空間表現が放つこの希望と絶望の微妙なミックスがこの展示の旨味と言えよう。


Los Carpinteros, Show Room, 2008
Cinder blocks, fishing nylon, Ikea and B&Q furniture, Courtesy Sean Kelly Gallery, New York, Photo:
(c) Stephen White


Psycho Buildings: Artists take on Architecture
080528 - 080825
The Hayward


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