Esko Mannikko
Untitled (11), 2005, © Esko Mannikko




文: 伊東豊子(Toyoko Ito)

アート・フォトグラフィーに反旗を翻すように、ソーシャル・ドキュメンタリーの傑作が揃った今年のドイツ・ボーズ写真賞(Deutsche Borse Phorography Prize 2008)。その受賞者が先週、ストックフォルムのミレスガーデンでの個展『Cocktails, 1990-2007』が絶賛されてノミネートとなったフィンランドの写真家、エスコ・マニッコー(Esko Mannikko)に決定した。

フィンランド北部の街プダスヤルビ生まれ。現在はヘルシンキから北に550キロほど行ったオウルに住むマニッコーは、「ヘルシンキ・スクール」という呼び名でここ数年注目のフィンランドの若手写真家よりもひとつ上の世代。元ハンターというのが頷けるような野太くて、地に足の着いた、フォークロア感の漂う写真を80年代から撮っている。

最も象徴的な作品は、「目は口ほどに物を言う」ということわざを想起させるサルや馬の目を接写した写真。大胆なクロッピング、まつげ一つたりとも見逃さぬ細かなディテール、ヒューマニズム溢れる表情など、ありきたりの動物写真とは性質をまったく異にする灰汁の強さが特徴。これらと並んで、電気なしに昔ながらの生活をする村人を撮った写真シリーズも彼の代表作のひとつになり、これらのどことなく『ナショナル・ジオグラフィック』調の写真が、山小屋の匂いが漂ってきそうな木枠でフレームされて絵画風に展示されている。

さて、このマニッコーを中心に骨太の作品が揃った今年のノミネート作品。いずれの候補者も、擦り切れた靴底が似合いそうなルポルタージュタイプになり、社会に潜む様々な不均衡を記録するのと同時に、暴いた真実を世に広めようとする熱意が感じられる。



(上)Jacob Holdt
Untitled from the series United States 1970 - 1975,
© Jacob Holdt

(下)John Davies
Stockport Viaduct, England, 1986,
© John Davies

そのよい例が、70年から75年にかけてアメリカを訪れ、そこで目撃した白人と黒人間の社会的不公正を15000枚の写真に捉えたデンマークの写真家ヤコブ・ホールト(Jacob Holdt)。今回の展示では、ノミネートの対象になった当時の写真を集めた写真集「United States 1970 -1975」(2007)から抜粋したスライド写真81枚を上映。白人であるホールト自身と関係をもったがために家に三度も爆弾を投げ込まれた黒人女性から、ミンクの毛皮を纏って意気揚々と並ぶ白人中年女性まで、当時の人種間での生き様の違いを克明に描写。ホールト本人が写真一枚一枚に解説を書いたパンフレットが会場内に置かれているように、この作品は解説と一緒に見ることが前提とされている。

当時撮った写真を四時間のスライドにまとめて70年代から世界各地を公演して回っているホールトは活動家と呼ぶに相応しいようだが、東アフリカ、パキスタン、アフガニスタン、キューバなどを旅して現地コミュニティーを写真に収めているファザル・シーク(Fazal Sheikh)も同じくそのひとり。今回の展示では性差別が根強く残るインドで、性的虐待や児童労働など様々な搾取の対象となっている子供を含む女性を撮影したポートレート写真と、彼らに取材したテキストが一緒に展示されている。「彼らの写真を撮ることと彼らを理解することは別のこと」と本人が言うとおり、文章を読んで初めて問題の深刻さが分かる作品である。

さて、今回最後のノミネート者は英国のジョン・デイヴィーズ(John Davies)。これまでの写真家が社会における人のあり方に集中していたのに対し、デイヴィーズはその箱たる都市の姿にフォーカスを置く。時代の流れを刻むように新旧様々なスタイルの建物が肩をせめぎ合う町の姿が、地形/文明の標本とばかりにラージフォーマットのモノクロ写真で客観的に切り取られている。

以上が今年の顔ぶれであるが、興味深いことに今回の作家の多くが70年代、80年代から地道に活動をつづけるベテラン、なおかつ、当時のプロジェクトが再評価されてノミネートに至っている。同じことをずっとしてきたが、2008年の今になってやっと日の目を浴びた写真家たち。それにはここ数年の写真を「選ぶ側」におけるトレンドの変化や審査員の個人的な趣味も影響しているのだろうが、今回の写真家の質の高さを考えると嬉しい心変わりだ。写真家のプロジェクトのなかにはその社会的あるいは政治的な性質上、アートギャラリー(特に商業ギャラリー)では扱われにくいものがたくさんあり、今回のノミネート者などはそのよい例のような気がする。受賞レースはともかくとして、そういう彼らにスポットライトが当たったこと。それが今回の賞のよい点であったように感じる。


Fazal Sheikh
Gulafshah, Ahmedabad, India, 2007,
© Fazal Sheikh


Deutsche Borse Photography Prize 2008
080208 - 080406
The Photographers' Gallery


2005年のレポートはこちら
2004年のレポートはこちら
2003年のレポートはこちら
2002年のレポートはこちら
2001年のレポートはこちら

2006年のレポートは『Studio Voice』2006年6月号に寄稿
2007年のレポートは『美術手帖』2007年4月号に寄稿


Top

Exhibitions

Home


fogless.net
e-mail: editor@fogless.net
This site has been designed and managed by Toyoko Ito (Toko) copy; 2000-2010 All Rights Reserved
このサイトは伊東豊子(トコ)によってデザイン及び管理・運営されています。本
サイト内で用いられているコンテンツ(文章・画像など)を無断で複製・転載・転用することはできません。