日本の風土と恋に落ちた写真家といえば、リー・フリードランダー、マイケル・ケンナあたりが有名だが、この若き「人間ウォッチャー」ことマーコ・ボアもまたそんなひとり。日本文化とアウトサイダーでいることをこよなく愛し、東京タワー、マリンタワーと首都圏の展望台に出没しては、我々の素行をファインダーに収める。ドイツ仕込みの審美眼が行き渡ったその写真は、観察記録とポエムとの新たな迎合。そのキューピットたるマーコに会いに、ウェストエンドの個展会場を訪れた。

個展開催おめでとうございます。いまはロンドン在住だそうですが、今回の個展《Floating Cities》は日本で撮った写真なんですね。日本の他にもドイツやカナダなどに住んだことがあるようですが、出身はどちらなんですか?

ドイツで生まれて、ヴィースバーデンというフランクフルトの近くの町で育ったんですが、母がカナダ人なのでカナダにも子供の時から憧れがあり、十九か二十歳の時だったかな、写真を勉強するためにトロントに行くことにしたんです。で、大学4年のときに交換留学で半年間スコットランドに行く機会に恵まれ、それをきっかけにイギリスの写真家やロイヤルカレッジのことを知ったんですが、卒業する頃になっても自分が何をしたいのかよくわからなくて、結局、卒業した後に一年間休みをとって日本に行くことにしたんです。

またどうして日本に?

境界線というかエッジ、つまり果てが好きなんですけど、僕にとって日本はまさに文明の果てだったんです。島の向こうは海で、さらにその向こうは別の大陸という。

文明の果てとはロマンチックですね。でも理由はそれだけ?

日本の写真と映画にも興味がありました。実は日本の写真はカナダで評価がとても高くて、僕の大学でも講義がありました。さすがに若手の情報までは入ってきませんでしたが、杉本博司はすごく有名でしたし、畠山直哉なんかも知られてました。映画は「Shall we dance?」とか周防正行監督の作品が好きでよく観ていました。



Marco Bohr, from Observatories series

日本に来てすぐに写真を撮り始めたんですか?

まず埼玉で6週間ホームステイをしたんです。最初は文化も言葉もよくわからなくて大変でしたが、ホストファミリーと一緒に暮らすうちに色んなことを観察するようになり、「ドイツと日本って似てるな」と思い始めたんです。たとえば話す相手や時と場所によって言葉の語尾を変えるといった修辞的なことや礼儀作法だとか。

展望台シリーズ《Observatories》によく現われている「観察」の始まりですね。

さっき文明の果てが好きだといいましたが、水平軸でみると多摩川とか都市の境界線が果てのひとつになるのですが、垂直軸でみると東京タワーや森タワーとか高層ビルの展望台がそれになるんですね。最初はごく普通に一観光客として遊びに行っていただけだったのが、通ううちに展望台独特のエネルギーやそこに来ている人たちが妙に面白く思えてはまってしまったんです。

例えばどういう点が?

トロントのCNタワーとかロンドンのタワーブリッジとか、欧米で展望台というと観光の名所というイメージがあるので、きっと僕みたいな外国人観光客でいっぱいだろうと高を括っていました。でも、実際には、日本人自身が圧倒的に多かったんですね。模型のような街を見下ろしながら、自分が育った場所や親戚が住んでいる場所を指差して、楽しそうに眺めていたんです。それが僕にはまるで、高い位置から見下ろすことによってはじめて自分のルーツを知る一種のアイデンティティー探しのように思えなくもなく興味深かったんです。小津安二郎の「東京物語」という映画のなかに原節子が舅と姑を銀座のデパートの最上階に連れて行くシーンがあるんですが、「あれと同じだな、変わってないんだな」と思いました。

でもあなたの場合は彼らと違って、展望台に景色ではなくて人を見にいっていたところが皮肉ですね。

基本的に人を観察するのが好きなんです。人が群れをなして立っていたり、離れて立っていたり、そういう行動パターンを通して見えてくる関係に興味があるんです。でも、外国に住んでいるうえに、いつも一人で行動していたので、もちろん寂しいこともありましたけど(苦笑)。



今年1月にマーコの個展「Floating Cities」が開かれた画廊マメリー+シュネールでの展示風景。こちらの画廊があるグレート・ポートランド・ストリート界隈はブティックやレストランが林立するお洒落な区域。ここ数年画廊の進出の目まぐるしい地域でもある。

みんなの中に入りたいとは思いませんでしたか?

僕はアウトサイダーでいることが多いんですが、最近それが益々心地よくなっているんです。でもそうは言ってもたぶん無意識のレベルでは中に入りたいという気持ちもどこかにあったのではないかと思いますが、写真家として外にいるしかないことも自覚していました。もちろんこれには文化やバックグラウンドの違いが一理ありますが、そもそも僕があそこにいたのは参加するためではなくて観察して撮るためだった訳ですから。

アウトサイダーでいるのは、写真を撮る上でどんなメリットがありますか?

たぶんデメリットも多いと思いますが、僕の場合、外国人であることがひとつのメリットになっていると思います。そのおかげで遠慮なくストレートに撮らせてもらえます。多摩川で自転車をこいでると突然どこからか音楽が聞こえてきて、急いで自転車を止めて、「スミマセ〜ン!写真、撮ッテモイイデスカ?」って日本語で聞いてみるんですけど、僕が外国人のせいか「あ〜勝手にどうぞ〜」ってみんな気にも留めず撮らせてくれます。

その外国人ゆえの被写体との微妙な距離感が写真に現れるんでしょうかね。《Floating Cities》シリーズは自然なんだけどどこかセッティングされたような違和感があり独特の雰囲気をかもし出していますよね。

まだ日本にいるときに何人かにあの写真を見せたら「これ、どうやって撮ったの?」ってみんなに驚かれたんです。でも、ポーズを頼んだわけでもセッティングをしたわけでもないですし、正真正銘のストレートなドキュメンタリー写真なんです。僕は既にそこにあるものを撮るのが好きなので、無いものを作り上げて撮ることはしません。

構図の隅々にまで配慮が行き渡っているのと同時に、特定のルールに従って何かを検証するかのように撮るアプローチがドイツの現代写真的ですよね。特にトーマス・シュトゥルートとか。

シュトゥルートには影響を受けてます。とくに美術館シリーズに。でも一番影響を受けた写真家といえば野口里佳になり、彼女の「ヨハク」使いは僕の基本になっています。欧米では余白は「ネガティブ・スペース」と呼ばれ、ポジティブ・スペースに対するネガティブ・スペース、有形に対する無形、つまり、「何もない」「空っぽ」というとらえ方になるんですが、日本における余白はニュアンスが違い、無は無というひとつの存在であり、それ自体の形をもち、意味をもち、効果を発するものだと思われていますよね。その考え方が僕は好きなんです。



Marco Bohr, from Floating Cities series

そう言われれば、あなたの写真には白っぽいスペースが多いですよね。もちろんこれは意図的ですよね?

そうです。撮影する状況を限定して、あの効果を出しています。例えば、展望台の室内で撮る場合には、外が青空であっても白くなるように調整して撮りますし、屋外の場合は、青空がそのまま写ってしまうので、快晴の日は避けるようにしています。江戸時代とか日本の昔の絵には青空がほとんどないんですけど、あれと同じです。空をあえて塗らずに空白のまま残すのが当時の描き方であったとか、青く塗られていたとしても版画なんかは色あせが早いので薄くなってしまったとか、青空がないのには幾つか理由があるようですが、実はそういった点も意識して青空をなくしています。

日本の伝統文化について詳しいんですね。日本の現代写真についてもいま博士論文を執筆中だそうですが、そういう知識は写真家としての活動にも役立ちますか?

役立つと思いますが、あまり直接的ではないですね。たぶん僕は何をしていても写真は必ず撮ると思うので、博士論文はあくまでもプラスアルファーです。でも、日本の写真について調べたり書いたりするのは僕が前からやりたかったことなので、それができるのは嬉しいですけどね。

最後に、写真家としての目標を聞かせてもらえますか?

フランス語に「flaneur」という言葉があるんですけど、知っていますか?簡単に意味を説明すると、道を歩いている人、それも他の人を観察するためだけに歩いている人を指す言葉なんですけど、僕は自分はこれだと思っているんです。歩いたり自転車に乗って、被写体を探して写真に撮る。で、また歩いて撮る。で、また歩いて撮る。基本的にこれが僕のしていることなんですね。でも、どんな写真を撮れるようになりたいかと聞かれれば、僕の写真を見て人が疑問をもつような写真を撮りたいですね。疑問をもつということは基本的に考えることですから。例えば、本物なのか作り物なのか?この人物は誰なんだろう?何をしているんだろう?そういう思考プロセスを経て、最終的には見る人各自が「じゃあ、私はどうなんだろう」と自問するようになったら本望ですね。



画廊近くのカフェで自作について熱く語ってくれたマーコは大の日本好き。いまはロンドン大学東洋アフリカ研究所(SOAS)で江戸時代の美術についての講義を履修中だとか。


マーコ・ボア(Marco Bohr)
1978年ドイツ、ヴィースバーデン生まれ。ロンドン在住。トロントのライアソン大学在学中にエジンバラに半年間留学。卒業と同時に日本に渡り《The Observatories》、《The
Uniforms》シリーズなど制作。05年にローザンヌ・エリゼ美術館企画の「reGeneration: 50 photographers of tomorrow」に参加。07年にロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。現在はウェストミンスター大学博士課程にて日本の現代写真について研究中。


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