Allora & Calzadilla, Sediments Sentiments (Figures of Speech), 2007


文・写真:伊東豊子(Toyoko Ito)

ここ数年、国際展で引っ張りだこのジェニファー・アローラ&ギレルモ・カルサディーラ。その代表作といえば、二年前のヴェネツイア・ビエンナーレで発表した、泥でつくった実物大のカバの上に人が座って新聞を読むというパフォーマンス付の彫刻「Hope Hippo」。毎日変わるパフォーマーは話しかけてもまったく反応なしで、ただ淡々と新聞を読み、時折思い出したかのように首から提げた笛を吹くだけ。だいぶ後になってから、あの笛は不公平を感じる記事に出くわした時に吹くことになっていたと知ったが、あの場ではそんなこと露知らず。よって、意味の方はさっぱりだったが、カバの彫刻と新聞を読む人の組み合わせが絶妙で、衝動的に写真をとりまくったのを覚えている。

今回のリッソン・ギャラリーの展示では、カバに代わって洞窟のような物体が、人に代わってテープレコーダーが彫刻の土管のような部分にさりげなくおかれていた。そのスピーカーから流れていたのはオペラ歌手の美声。去年のサーペンタイン・ギャラリーでのパフォーマンスを見ていたので、その歌声がこの彫刻を使って行われたライヴパフォーマンスの収録であることは想像がついたが、それ以外はまったくの未知数。オペラと二体ある「洞窟」がどうつながり、それが一体何を意味するのかは、カバと新聞を読む人の関係と同じくらい謎だった。よって、この美声の裏にやジョージ・ブッシュやサダム・フセインが潜んでいると知ったときには、推理小説の序章と最終章だけをつまみ読みしたようなギャップを感じた。

爆破や天変地異のあとの状態をシンボリックに表したというこの彫刻のタイトルは、「Sediments: Sentiments(Figures of Speech)」(沈殿物:感傷(比喩))。オペラのように聞こえた歌は、旋律がつけられていたためそれとは分からなかったが、マーティン・ルーサー・キング、ダライ・ラマ、ブッシュ、フセインなど戦後の歴史を刻んできた政治家や活動家による名演説のスクリプト。オープニングの晩に4人の歌い手が彫刻の穴の部分に入ってこのスクリプトを熱唱したそうで、会場に流れていた歌声はその収録サウンドであった。

政治演説とオペラ、そして瓦礫のようなスカルプチャー。表面的にはしっくり来ない組み合わせだが、 優れた演説者が歴史を動かす名パフォーマーであるように、演説というものを言葉を使った一種のライヴパフォーマンスすなわち一種の芸術であると考えるならば、この3つの構成要素を使って以下のようなシナリオを書くことができるかもしれない。大衆を先導する悪徳政治家らによる名演説が響き渡るなか天変地異が起こり、文明の片鱗が塵となって地上に舞い降りる。人々はシェルターを求め瓦礫の隙間にできた穴へと逃げ込むが、政治家の演説は至高の芸術となってなおも果てしなくつづく……といったような。

とまあ、想像力を掻き立てる作品ではあるが、それも言葉による情報の補足があって初めて可能なこと。巨大メレンゲのような彫刻を眺めているだけでは、ブッシュの「ブ」の字も出てこない。地下の展示室にガソリンスタンドにらくだが立っているだけのとぼけた映像が流れていたが、こちらにしてもその舞台がその昔らくだが主要移動手段だったイランであって、そのイランが産油国にもかかわらず需要の急増と精製能力の不足によりガソリンの国内需要の40%を輸入に頼っていることなど詳細が分かって、作家の言わんとすることが何となく見えてくる。説明が必要なこういう作品に会うたびに、ビジュアルアートなのだから解説に頼らずに作品だけでメッセージを伝えられないものだろうかと思うのだが、概念というか背景がここまで込み入っているとそれも難しいのだろうか。見て聞いて楽しむのと同時に、読んで考え想像力を働かせた展示でもあった(プレスリリースがなんと3ページもあった)。

Allora & Calzadilla
Lisson Gallery, 29 Bell Streetにて
11月17日まで公開された


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