Damien Hirst
Mother and Child Divided (1993-2007) and Argininosuccinic Acid (1995)
Photograph taken 2007, © the artist . Photo: J Fernandes & S Drake




文: 伊東豊子(Toyoko Ito)

今年の「ターナー賞」は、史上初のロンドン外での展示。2008年の「欧州文化都市」に選ばれたリバプールの開幕イベントのひとつとして、テート・リバプールにて開催されている。それに代わっていつもの会場であるテート・ブリテンで開かれているのが、この「ターナー賞回顧展」。会場には第一回受賞者である84年のマルコム・モーリーのポップな油彩から、去年の受賞者トーマ・アブツの地味な抽象画まで、過去23年間の受賞作の数々がずらりと並んでいる。

この回顧展の魅力といえば、受賞作を通じて英国の現代美術のトレンドの移り変わりを辿れること。ターナー賞草創期の80年代は、色彩美を追求したハワード・ホジキン(85年受賞)の油彩や、流麗な造形美を見せるリチャード・ディーコン(87年)の彫刻など、アートがモダン空間に彩を添える優等生だった時代。それが路線見直しのために中止となった90年を境に、作家の年齢層が大幅に下がるのと同時に、今ではお馴染みとなったデミアン・ハースト(95 年)の牛をホルマリン溶液に浸した立体や、家一軒を丸ごと鋳造したパブリックワーク「House」が住民の反対により解体の運命となったレイチェル・ホワイトリード(93年)の立体など、コンセプチュアルでショッキング、挑発的で社会的なものへとその傾向が変わっていく。

しかしいくら変わったといっても所詮は絵画と立体の独断場だったのが、96年のダグラス・ゴードンの映像作品の受賞をかわきりに本格的にニューメディアの時代へと変わっていく。ジリアン・ウェアリング(97年)、スティーヴ・マックイーン(99年)とその後も映像での受賞がつづき、2000年にはヴォルフガング・ティルマンスが写真家初のターナー賞に輝く。メディアがすべて出揃ったところで、翌年のマーティン・クリードの電気がついたり消えたりする空っぽの部屋あたりから視覚効果を重視した作品からの離反が進み、ここ数年はジェレミー・デラー(04年)やサイモン・スターリング(05年)など、実社会におけるフィールドワークやライブ的要素のある概念や制作プロセスを重視した作品が軒並みに増えている。


Gilbert and George and Richard Deacon
Installation shot - Drunk with God (1983) For Those who have ears (1983)
Photograph taken 2007,
© the artists. Photo: J Fernandes & S Drake

つまり、この展示は、現代美術の入門書としては最高。特に初期の受賞者のなかには昨今あまり聞かぬ名前ももちらほらあり、掘り起こし展としてのメリットも高いが、見ていて気になるのが「ターナー賞ってこんなものだったけ?」という違和感だ。「これが毎年、新聞の一面を飾ってきたあのターナー賞?」という素朴な疑問が浮かんでしまう。14万人を動員したトレイシー・エミンのあの小汚いベッドやチャップマン兄弟の破廉恥なセックスドールはどこへ行った?去年の新聞記事を総なめにしたフィル・コリンズの映像プロダクション「Shady Productions」はどこに行った?などとターナー賞のここ10年の「スター」がつぎつぎと脳裏をよぎるが、受賞からもれたそれらの作品の姿はどこにもない。目の前の展示がターナー賞であるならば、私が認識するターナー賞とは一体何なんだろうと考えてしまう。

実は、このギャップを埋めてくれるのが、会場入り口の壁一面に貼られた年表とチケット売り場でもらった新聞フォーマットのパンフレットになる。そこにターナー賞のこと細かな歴史が当時の評論家や作家からのコメントとともに紹介されているので行かれた方はぜひ読んでもらいたいが、興味深いことにその中でみな口を揃えて言っているのが、ターナー賞がいかに大衆を標的としたメディアイベントであるかという点。特に、賞発足当時のテートの館長アラン・ボウネスの「ちょっとばかしミス・ワールド風にショービジネスを気取ってみても悪くないんじゃないか」という言葉がとりわけ印象に残る。

ターナー賞の名物のひとつと言えば、マドンナなどの大スターを起用したこともあるテレビ中継による授賞式になるが、驚くべきことに初っ端の84年からBBCの番組「Omnibus」で受賞の模様が報道され、あの時代に二百万人もの視聴者がこれを見ている。その後、批判の末に賞が中止となった魔の90年を経て、91年にはチャンネル4がスポンサーに就任し、いまではお馴染みとなった授賞式のテレビ生中継が導入されている。

この導入を意識してのことか、この頃からメディア好きのする「これのどこがアート?」「こんなことしていいの?」といった疑問の残る問題作が急増し、メディアとの間に宣伝と批判が入り混じった愛憎関係が生まれている。例えば、93年にはラオス出身のヴォン・パオパニーの米を大胆に床に敷いた作品が注目を集めたが、食糧難に苦しむ人で溢れる世界情勢に相応しくないのではないかと非難の槍玉に。95年にはご存知の通りデミアン・ハーストの「牛」が話題をさらい、97年には女性一色の選出が逆差別としてメディアに攻撃されている。その後も、クリス・オフィリの「像のフン」やエミンの「ベッド」など話題作が続いたが、バンクシーが会場の入り口に「Mind the Crap(クソに注意)」とグラフィティーを描いたり、絵画信奉者軍団のスタッキストが授賞式の度に会場脇でデモ抗議を決行するなど、話題の提供者はときに外部にまで及んでいる。


Wolfgang Tillmans
A selection of Photographs (1994 - 2000)
Photograph taken 2007,
© the artist. Photo: J Fernandes & S Drake

その設立から23年が経ち、先日のアートフェア週間からも明らかなように、ロンドンはいまやNYに劣らない現代美術の中心地になった。その躍進にこのターナー賞が一役どころか十役くらい買っているのは疑う余地もなく、そしてその成功の裏に周到なメディア戦略があったことも確かだが、そもそもの出発点は、「現代アートはつまらない、これじゃ一般大衆にウケない、話題づくりが大切、派手に宣伝しなきゃいけない…」という企画者側のシビアな現状分析にあったのではないだろうか。これを書いている間に、「日本にはこれに相当する賞があったかな?」などと考えてみたが、いい例が浮かばない。幸いなことにこの展覧会は来年、森美術館に巡回するらしい。英国の現代美術と一緒にメディア戦略を習うよい機会になるのではないかと思うが、どうだろうか。

過去の受賞作家一覧:
マルコム・モーリー(84)、ハワード・ホジキン(85)、ギルバート&ジョージ(86)、リチャード・ディーコン(87)、トニー・クラッグ(88)、リチャード・ロング(89)、中止(90)、アニッシュ・カプーア(91)、グレンヴィル・デイヴィー(92)、レイチェル・ホワイトリード(93)、アントニー・ゴームリー(94)、デミアン・ハースト(95)、ダグラス・ゴードン(96)、ジリアン・ウェアリング(97)、クリス・オフィリ(98)、スティーヴ・マックイーン(99)、ヴォルフガング・ティルマンス(00)、マーティン・クリード(01)、キース・タイソン(02)、グレイソン・ペリー(03)、ジェレミー・デラー(04)、サイモン・スターリング(05)、トーマ・アブツ(06)

今年のノミネート者:
ザリーナ・ビーミ(Zarina Bhimji), ネイサン・コリー(Nathan Coley), マイク・ネルソン(Mike Nelson), マーク・ウォリンジャー(Mark Wallinger)


Simon Starling
Shedboatshed (Mobile Architecture No. 2) 2005
KUNSTMUSEUM BASEL
© the artist . Photo: Kunstmuseum Basel, Martin Buhler


Turner Prize: A Retrospective 1984-2006
071002 - 080106
Tate Britain


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