Doris Salcedo, Shibboleth, 2007
The Unilever Series, Turbine Hall, Tate Modern



文・写真:伊東豊子(Toyoko Ito)

「イギリスって地震の国だっけ?」 そんな素朴な疑問がわくような、異様な光景がテート・モダンに出現した。

ひび割れの形をとるこの「スカルプチャー」は、コロンビアの作家ドリス・サルセドが、巨大彫刻の展示で知られる同館のタービンホール用に作った力作。

床をぱっくり割った亀裂が、髪の毛のような細いひびから徐々に幅を広げ、176メートルのホールを左右に突っ切る。場所によっては、足のひざまでがすっぽり入るほど深い。

その見事な割れ具合に、今朝のプレス向けの内覧会では、電気ドリルの種類から掘り方まで、「一体、どうやって作ったんですか?」に質問が集中したが、これについては今回はご法度。

「私がどんな筆で描いたかとか、どんな絵の具を使ったかとか、そんなことを知って何か意味をなすんですか?重要なのは作品の意味なんです。どうやって作ったかは重要ではないんです」とサルセド女史。

では、一体、この地割れの裏にどんな意味があるのかというと、人種差別をはじめとする世の中の様々な「区分け」。「移民としての体験や、隔離や人種差別の体験など、さまざまな境界を表しています」。

それを強調するように、亀裂の両断面には、これまた差別の象徴であるフェンス用のワイヤーがびっしりと埋め込まれている。


Doris Salcedo, Shibboleth, 2007
The Unilever Series, Turbine Hall, Tate Modern

この作品には「Shibboleth」という題がついているが、実はこれも差別がらみ。

この言葉には、ある特定のグループや階層内で使われている「特殊な合言葉」という意味があるが、もとを正せば旧約聖書に由来し、戦に勝ったギデオン族が、「sh」の発音ができなかったエフライム族をあぶり出すのに使った言葉になる。それが言えないがために殺された人は42,000人にも上るという。

この作品をロンドンのテート・モダンで展示するのは、サルセド女史いわく、「第三世界の人間がヨーロッパの心臓部に乗り込むようなもの」。その意味するところは、人種差別の根源である文化と歴史にまで及ぶ。

「《Shibboleth》はモダニズムの歴史から除外され、高尚な西洋文化の隅に追いやられてきた人々に焦点を当てた作品なんです。(中略) 西洋の美術が人類の理想をあまりにも厳しく定義したことにより、西洋外の人々は人間の分野から除外されてしまいました。このステレオタイプが思想としての人種差別を発展させる中心的存在になりました」。

つまり、この作品は、西洋中心の美術に意義を申し立てているようなもの。それを年間来場客数約500万人という英国最大の現代美術館で、しかも、その美術館の床を派手に壊すという大胆な方法で表現。やる方もカッコいいが、やらせる方も器が大きい。

「テートとしては二点だけが気がかりだった。ドリスの構想どおりに実現できるかどうか。作品が建物の構造に恒久的なダメージを与えないかどうか」と館長のニコラス・セロータは言う。

構造上のダメージはないというが、来年の4月に溝を埋めた後も、傷は残るという。

それにしても、「th」が発音できなくても、「l」と「r」の区別がつかなくても、寛大な人たちの国に住んでいて良かった。


Doris Salcedo, Shibboleth, 2007
The Unilever Series, Turbine Hall, Tate Modern


Unilever Series: Doris Salcedo
071009 - 080406
Tate Modern


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