かたや一つの美術館の展覧会、こなた街をあげての美術フェスティバル。比べること自体が無謀かもしれないが、英国の評論家の間で不評のテート・トリエンナーレに比べ、あちこちで「良かった」と耳にするベルリン・ビエンナーレ。あのガゴーシアンのフェイク版が登場したり、美術家モーリツィオ・カテランを含むロング・ギャラリーのブレイン三名がキュレーターを務めるなど、話題も盛りだくさん。これは見逃せないと思い、ベルリンまでひとっ飛びしてきた

リサイクルが流行なのか、テートと同じくこちらもアプロプリエーション?四回目を迎える今回のビエンナーレは、展示をゆるく繋ぐコンテクストとしてジョン・スタインベックの小説「Of Mice and Men(二十日鼠と人間)」からタイトルを拝借している(実はスタインベック自身もこの題をスコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩から借りている)。'98年スタート、今回で4回目を迎えるビエンナーレは、かつてユダヤ人が多く住み、ベルリンの壁の崩壊以降、アートの中心地となった旧東ドイツ領ミッテ地区アウグスト通りにある会場12箇所で開催。複雑な歴史を持つベルリンという街と人間という生き物のダークサイドに光をあてた切なくも美しい展示となっている。

 

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美術という枠組みに留まることを嫌うこの展示では、いわゆるギャラリーと言える展示会場は、アウグスト通り中央にある美術機関クンスト・ヴェルケ一箇所のみ(ロンドンのICAに近い存在)。それ以外は、旧ユダヤ人女学校、旧郵便局、昔の墓地といった廃墟化した公共の場所、あるいは、人が実際に住んでいるアパート、道に置いたコンテナなど、いわゆる「美術展」らしくない会場ばかりが意図的に選ばれている。

それらのなかでメイン会場となっているのが、道を挟んで向かい合せに建つクンスト・ヴェルケ(アウグスト通り69番)と旧ユダヤ人女学校(アウグスト通り11〜13番)。この二箇所だけで展示全体の3分の2、五十名を越える作家が紹介されている。

 

クンスト・ヴェルケでの展示
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クンスト・ヴェルケでは、フロア四階に渡り、ブルース・ナウマン、トーマス・シュッテ、ジリアン・ウェアリングなど約20名の作品を展示。美術機関だけあって会場はすっきりとしたホワイト・キューブ。よって、受ける印象もいわゆるごくありきたりな「美術展」的だが、家というテーマでおぼろげにまとめられた3階展示場のように(家はビエンナーレ全体のテーマの一つでもある)、接点がなさそうである作品同士が展示に微妙なリズムをつくりあげ、そこにキュレーターの入念な配慮が感じられる。

一方、タデウス・カントル、ブルース・コナー、マーティン・クリード、ロジャー・バレンなど約35名の作品が廊下と教室に配置された旧ユダヤ人女学校の方は、戦時中にナチスによって閉鎖された歴史をもつ建物だけあって展示のトーンも非常に重い。10年間使われてなかった建物はちょっとした幽霊屋敷のようで、廊下には落書き、壁と天井はボロボロ、教室にはなぜか洗面台と(これがとてもシュール!)、死、喪失、孤独、恐怖といったビエンナーレ全体を貫く沈鬱なテーマに相応しい舞台となっている。

 

旧ユダヤ人女学校での展示
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これらの会場に比べると規模はずっと小さくなるが、特筆に値するのが個人のアパートを使った展示。全部で三箇所あるうち一軒目のアウグスト通り84番では、目障りな家具が取り払われギャラリーのようにすっきりとしていたため若干面白みに欠けたが(実際こういうスペースはロンドンにも結構ある)、残りの二軒では、住人が普段使っているタンスやベッドが置かれた部屋に絵画や立体が違和感なく飾られ、いかにもアートのある家を訪れている感じがした。

三軒のなかでも特によかったのが、アウグスト通り23番のアパート。室内に入ると、カントリーハウス調のインテリアのなかに絵画や版画がセンス良く掛けられていて、みな当然それらを展示品だと思って見ているのだが、実はそれらはこの家に前からあったもので、実際の展示品はテーブルの上ににさり気なく広げられたアルバムや、何食わぬ顔で存在するベッドやテーブルだったりする。

 

個人宅+オフィスでの展示
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また、個人宅ではないが、その隣りのダンスフロアー入った建物では、ロンドンのICAやテート・トリエンナーレでもお馴染みのティノ・セーガルの作品が展示されていた。テートでは監視員が「ディ〜ス・イズ・ザ・プロ〜パガンダ〜〜」とオペラ歌手のように声を張り上げていたが、ベルリンではカップルがキスをし続けるという目のやり場に困るパフォーマンスを展開(と言ってもしっかり観ましたが)。

一方、注目の似非ガゴーシアンはというと、本物の金権主義に対抗するように、下手すると気づかないくらい地味にアウグスト通り50A番に存在していた。この偽ガゴーシアンはビエンナーレのプレイヴェントとして去年の秋にオープンし、それ以来毎月ショウを開いてきたが、今回の展示はビエンナーレ全体のトーンにあった家事をテーマとする「Homework」展で、埃を固めた「オブジェ」や(ここで出た埃でしょうか)、トイレの便器に書いたドローイングなど、NYやロンドンのガゴーシアンでは到底見れないベルリン・ビエンナーレならではの商業性を揶揄するトーンに溢れていた。

 

ダンスホール+旧郵便局+ガゴーシアンでの展示
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約一キロにわたるアウグスト通りを端から端まで歩いて、見て、撮影し、監視員を捕まえて喋りまくった二日間(普通は一日で見れます。ほとんどの監視員が英語で話してくれました)。聞いたところによると、この界隈は東京で言うならば代官山辺りになるそうで(ロンドンだったらホックストン・ショーディッチあたり)、お洒落なブティックやカフェに紛れて上品な店構えの商業ギャラリーが並び、重苦しいアートから息抜きをするように目の保養が出来てしまう。

しかし、その小贅沢な空気のせいか、90年代にここがカウンター・カルチャーのメッカだったと言われてもまったくピンと来ない。実際このあたりは、ベルリンの壁の崩壊後、アーティスト達が廃墟を占領してスタジオにし、現代アートの中心地になったという遠からぬ歴史があり、まるでそれを裏付けるようにすぐ近くに当時のカウンター・カルチャーの象徴「タヘレス」もあるのだが、その頃のエッジーな空気がまったく感じられない(「タヘレス」は80年代後半にアーティスが不法占拠したかつてデパートだった建物。今は観光名物になっているそうだ)。

 

その他
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コンテクストをいわゆる「美術館」以外の場所へ移した理由について、キュレーターらはベルリンという街のエネルギーは美術館やギャラリーを越えた場所、つまり、ノンプロフィットのスペースや個人のアパートや作家のスタジオにあると語っている。確かにそれを裏付けるように、展覧会情報が載っている「INDEX」というフリーペーパーを見ると(マップ付きで非常に便利)、仮設のプロジェクトスペースや臨時イベントの会場が数にして商業ギャラリーの半数近くもある。

よって今回の展示は、いまのベルリンのアートシーンを反映した展示ということになるようだが、そこになんとなくアイロニーが感じられなくもない。アーティストが秩序もルールもなく空き家を占拠して表現に明け暮れた90年代前半。時代が変わり、世界有数の美術市場として確立した今日、美術展会場として用意された同じ場所に舞戻るアーティスト。ベルリンの空気を吸いながらもホックストンを感じてしまったのには、「代官山」という共通イメージの裏にこのアイロニーを感じたからかもしれない。とは言え、大理石の神殿から出ることのないテートのトリエンナーレに比べれば遥かに今を感じたが(皮肉なことに歴史的なテーマを扱いながらも)、ロンドンのアートの最前線が年々東へ南へと移っていっているように、ベルリンのアートの最前線もどこか違うところにあったのではないだろうか?実際、今回何人かの人からクロイツベルグというミッテの南にある地域がロンドンのイーストエンドに相当するというようなことを聞いた。残念ながら今回そこそまでは足をのばせなかったが、次回のお楽しみとしてとっておこう。

 

4th Berlin Biennial for Contemporary Art
03/25/2006 - 05/28/2006
火−日:1200 - 1900(月曜休み)
入場料全館共通:12ユーロ
www.berlinbiennale.de

 


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