シティーバンクの名で親しまれてきた写真賞が、ドイツ・ボーズ(Deutsche Borse)と名を改め、フォトグラファーズギャラリーにて展示を開始した。今年のノミネート者は、以下の四人:ルック・ドラエ(Luc Delahaye、フランス), JH エングストローム(JH Engstrom、スウェーデン), ヨルグ・サッセ(Jorg Sasse、ドイツ), スティーブン・ショアー(Stephen Shore、アメリカ)。

この賞のうたい文句は、写真界のターナー賞。基本的には、昨年一年を通じ、写真界にもっとも貢献した作家に贈られる賞だが、美術界をたっぷりと意識したこのうたい文句からも分かるように、この賞の特徴といえば親アート的なスタンス。商業写真に対するファインアート写真、雑誌/広告に対するギャラリーと、目的とアウトレットの違う二分野にまたがる写真を、ファインアート的な視点から評価しようという狙いが、これまでの選出傾向に窺える。この点は、新たなスポンサーを迎え、写真の専門家による選考委員会「Academy」を結成し、再出発をきった今年も例外ではなく、写真の陰に歴史画あり、抽象画あり、といったアート的な要素が目立つセレクションとなっている。

まずは、フォトジャーナリズムを伝統絵画の構図を持ってダイナミックに表現しているルック・ドラエ。爆風が舞い上がるバグダッドの街頭、ブルンジ共和国での埋葬の儀、バチカンを彩る枢機卿の赤いローブ……。80年代後半に、レバノンで報道写真家として活動をはじめたドラエの写真には、新聞の国際面を賑わす紛争の最前線が収められている。が、彼のユニークな点は、これらの作品の陰に、19世紀の歴史画や戦争写真の構図が見え隠れしていること。その関係は、基になる作品を特定できるほど直接的ではないものの、厳粛なる礼拝や埋葬の儀の向こうに、アングルやクールベを思い浮かべるのはそう難しいことではない。

ヨルグ・サッセの写真は、日常の風景のなかに見出されたアブストラクトな図形。写っているものは、橋、植物、窓ガラス、スポーツをする若者達とごく日常的な光景や物ばかりだが、いずれの場合もそこに存在する線が強調され、時にモンドリアンのパロディーを見ているような気分にさせられる。デュッセルドルフ・アカデミー卒、ベッヒャー夫妻の教え子とくれば、このグリッドへのこだわりも納得だが、同じベッヒャー系のなかでも巨大構造的なイメージづくりを好むグルツキーやへーファーらとは異なり、アブストラクト遊びをごく身近な静物といえるものを使ってやっているのが彼の特徴。

JH エングストロームの場合も、キーワードは同じく日常だが、形に囚われたセッサとは違い、吐息の聞こえてきそうな人間くさい日常だ。倦怠感あふれる友人のヌード、陰鬱なベッド・ルーム、食事の食べ残し、物悲しい外の風景……と、私生活がけだるく、センチメンタルに切り取られ、これらが有機的な組み合わせをもって配列されている。路線的にはティルマンスやゴールディンに辿ることができるが、遠い昔の記憶を呼び覚ますように、写真すべてがノスタルジーあふれる掠れたトーンで統一されているところが、彼の個性といえる。展示品が収録された写真集「Trying to Dance」の副題が「Journal」となっている通り、今回の作品は自伝と受け止めてよさそうだ。

最後はエグルストンと並ぶカラー写真の大家、スティーブン・ショアー。ヨセミテの大自然から田舎町の安っぽいモーテルまで、展示室には人々が思い浮かべる「アメリカ」の典型像が並んでいる。これらの作品は、その大部分が70年代に撮られたものだが、不思議と古さは感じない。それどころか、歴史画や抽象画などにあやかった作品を見たあとでは、ショアーの写真のシンプルさがとても新鮮に感じる。しかしその一方で、なぜ彼がここに?という疑問も感じなくない。グルツキーを初めとする多くの現代写真家に影響を与えた、40年代生れのショアー。一方、彼の影響を受けた世代に属する、60年代の生れの残りの3人。この両者が同じ土俵で扱われているとは不思議だ。

このように今年の選出は、近年のファインアート写真の流行に、カラー写真の大家を交えた構成だが、少しずつ違う方角を向いている作家を抜粋しているせいか、展示全体としてかなり充実している。また、ヨーロッパ本土では活躍していながらも、英国での展示は初めてという作家が目立つ点も嬉しい。スポンサーが変わり、賞の路線変更が案じられたが、それも取り越し苦労で済んだようだ。この機会に「フォトグラファーズギャラリーの賞」と呼び始めるのが良いかもしれない。

伊東豊子(Toyoko Ito)、2005年4月


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JH Engstroms
From the series Trying to Dance 1998-2002
© 2004 JH Engstrom
Courtesy: The Photographers' Gallery


Hannah Starkey: Untitled, August 1999
Luc Delahaye
Musenyi 2004
C-Print, 124 x 264 cm, © 2004 Luc Delahaye
Courtesy: The Photographers' Gallery

Hannah Starkey: Untitled, August 1999
Luc Delahaye
Jenin Refugee Camp 2002
C-Print, 124 x 264 cm, © 2004 Luc Delahaye
Courtesy: The Photographers' Gallery


Jorg Sasse
5610 2004 from the series tableau
170 x 145 cm, © 2004 Jorg Sasse/VG Bild-Kunst, Bonn
Courtesy: The Photographers' Gallery


JH Engstroms
From the series Trying to Dance 1998-2002
© 2004 JH Engstrom
Courtesy: The Photographers' Gallery


Stephen Shore
Trail's End Restaurant, Knab, Utah, August 10, 1973
from Uncommon Places: The Complete Works

© 2004 Stephen Shore
Courtesy: The Photographers' Gallery


Stephen Shore
Merced River, Yosemite National Park, California, August 13, 1979 from Uncommon Places: The Complete Works
© 2004 Stephen Shore
Courtesy: The Photographers' Gallery

Deutsche Borse Photography Prize 2005
040129- 040328

The Photographers' Gallery
5 & 8 Great Newport Street
London WC2H 7HY
020 7831 1772
www.photonet.org.uk

地下鉄:Leicester Square (Piccadilly, Northern Line)
月―土:1100 -1800 日: 1200 - 1800


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