レトロなミシンを使って細密画をつくる青山悟が、東京の個展にむけ準備中との情報をキャッチした。ペットショップボーイズのポートレートなど、ここロンドンをはじめ国際的に活躍をする彼に新作について、そして「宅録」だという制作について語ってもらった。

青山のスタジオはファイン・アートの名門であり、以前ここで非常勤をしていたというゴールドスミスカレッジと目と鼻の先にある。建物のなかに入ると、ベニア板で仕切られた細い通路の左右にスタジオが並び、その大雑把な造りに大学祭のような即席ムードを感じたが、部屋のなかは意外にも白壁の空間。ミズマ・アートギャラリーで来月発表されるという、うしろ姿の犬や夕景の刺繍が壁を囲み、奥の方には古ぼけたミシンが二台置かれていた。そう、去年のスコープロンドンで実演に使っていた、あのミシンだ。この日の会話は、ヴェスパに通じる愛らしさをもつこのシンガーのミシンを前に始まった。

まずはテキスタイル・アートを始めたきっかけから教えてもらえますか?

それがイケてない話なんですけど…。本当はファイン・アート志望だったんです(苦笑)。高校のあとゴールドスミスの準備コースに入ってエッチングとかスカルプチャーとかをやっていて、それで受けたんですけど、これが定員漏れで…。そしたら、その時のコース主任が、「お前はテキスタイル向きだから、そっちだったら大丈夫なんじゃないか。お前、洋服好きだろう」って言うんですよね。まあそう言ってくれてるし、洋服でも作れるのかなって軽く考えて、入ってしまったんですね。

そうだったんですか。で、入ってみたらどんな感じだったんですか?

いやもうそれが完璧に、テキスタイルを使ってアートをするコースだったんですね。それもフェミニズム、バリバリの(笑)。と言っても、一年の時は自分の制作はできなくて、テクニックをみっちり叩き込まれるんですけどね。はた織とか、手織りのタペストリーとか、手刺繍とか、ニッティングとか、フェルトメーキングとか……。テキスタイルに関するテクニックは全部なんですけど、これが全然出来なくって(苦笑)。

えっ! ミシンもですか?

それまで一度も触ったことがなかったんですよ(笑)。本当に冗談抜きであまりにも酷いんで、先生が後ろからこう手を掴んで、教えてくれちゃったりする世界で(笑)。で、やっぱりこんなんだと、やってても面白くないんですよ。で、とうとう一年生をドロップアウトしてしまって、それで、「こりゃ、本腰いれなきゃダメだ」ってむちゃくちゃ反省して、次の年はテクニックを片っ端から身につけていったんです。


今の作品からは、まったく想像がつかないですね。

でも最初すごく苦労したわりには、始めて3年目頃には写真を撮って、それをトレースして、アウトラインを塗って、っていう今の原型ができていたんですね。で、そこで自分の中ですごい発見だったのが、この刺繍の下地に使っているオーガンザっていう半透明の布なんです。よく自分の作品は、他の人のに比べて細密だとかリアルだとか言われるんですけど、それにはこの布を使って写真をトレースするようになったのが大きいと思うんですね。ミシン刺繍に向いている普通の布だったら、ここまで緻密なものは無理だったと思うし、厚手の布だとトレースが難しいし、ボテっとしてしまうし、こうはいかなかったと思うんですよ。

細密と言えば、絵を描いてしまった方が簡単じゃないかと思うくらい細かいですよね。

そう、みんな、「なんで、刺繍なの?」って聞くんですよね。でも実際、ペインティングと刺繍って全然違うんですよ。見えてる結果は一緒かもしれないけど、プロセスが全然違うし、プロセスが違えばその中に入っている意味も違ってくるので。

例えばどういう風にですか?

例えばちょっと観念的なことなんですが、ペインティングの場合、表面に絵具とかを置いていって、表面で何ができるかってことになるんですけど、刺繍の場合、指して、縫い取って、ミシンの場合下糸もあってという具合に、表面に対するアプローチの仕方がまったく違うんですね。どっちかって言うと、ルーチョ・フォンタナが空間性を拡張するためにキャンバスを切り裂いたじゃないですか?あれに近いと思うんですよ。だから、刺繍を取り込んでいるマイケル・リーデッカーの作品とかを見ると、キャンバスの表面と格闘している彼の姿を思い浮かべてしまったりするんですよ。あと、ペインティングと違って色を混ぜれないから、どっちかって言うとコンピューターみたいにピクセルで表現していく感じなんですよね。


ちなみに、一点作るのにどれくらい時間が掛かるんですか?

細かさにもよるけど、一番大きなサイズでだいだい2〜3ヶ月くらい。こんな風に2,3針縫っては糸を変えてるし、なにしろ細かいから時間が掛かるんですよね。

しかも、レトロなミシンですからね。コンピューター搭載のミシンがある時代というのに、やっぱりローテク崇拝なんですか?

そうですね。ハイテクに対するカウンターと言うか、やっぱりローテクの方にリアリティーを感じてしまうかなあ…。この点は音楽がいい例だと思うんですけど、音楽業界ってある時期までずっとハイファイ・サウンドを追求していたと思うんですが、90年代になってローファイな音がたくさん出てきましたよね?8トラックとか4トラックで、古くて安い機材で、一発撮りしましたって感じの宅録(自宅録音)みたいなものが…。音的にはハイファイに比べると全然ダメなのに、でもそっちの方がずっと身近でリアルに聴こえたりして。

そのハイファイとローファイの関係って、アートにもどこか通じますよね。

そうなんですけど…、でも音楽のいいところは、ある時はメジャーなものを聴いたり、ある時はローファイなものを聴いたり、それくらい自由に摂取できてしまってるところだと思うんですよ。それに比べると、アートは流出手段が圧倒的に少ないかなって思うんです。美術館に行くと、大掛かりなキュレーションが入った展覧会ばかりで、スペクタクル志向が妙に強くて、違うベクトルでやってるアーティストもいるのに、そういうのばかりが目に入ってきて。

スペクタクル志向と言えば、この間のマシュー・バーニーなんかいい例ですよね。

彼の作品は、とても同じアーティストとは思えないくらい壮大で、スペクタクルですよね。プロダクションも、関わってる人も、映像的にも、本当にもの凄くて、圧倒されちゃうっていうか…。で、見たあとにスタジオに戻ってきて、自分の作品を見るでしょ。と、なんか、ショボ〜く見えちゃったりするわけなんですよ(笑)。まあ、自分の作品はめちゃくちゃ制作コストが安いし、布と糸さえあれば出来るし、アシスタントを使ってるわけでもないから、完全に自分だけの世界だし。もう本当にある意味で、宅録なんですよ。

音楽で思い出しましたが、ペットショップボーイズのお仕事をしてますよね?あれはどういう経緯で?

ああ、あれはフリーズ・アートフェアで彼らがミズマのブースに来たときに、自分の風景作品を気に入ってくれたのが始まりで、話してるうちに一緒に見せてたポートレートの話になって、「僕たちの顔もやってほしいなー」って言われたんですよ。その頃は、シワとかニキビとかを強調して、不完全の美というか、マイケル・ジャクソンの対極みたいなことをやってたんですけど、彼らのパブリック・イメージってその逆で、肌がツルンとしてて年齢不詳じゃないですか。で、どうしようかと思ったんですけど、実物を見ると、やっぱシワとか普通にあるんですね。まあ、もちろん、カッコいいんですけどね(笑)。でも、その時に、「こりゃ、絶対おもしろくなるな」って感じたんですよ。

では、東京の個展についてお伺いしますが、今回はタイトルが「空気、コーヒー、東京の朝」と歌のようなノリなんですね。

そう、このタイトルは、自分でも響きが詩的で気に入ってるんですけど、実は単純に作品3つのタイトルを並べただけなんです。「空気」はパッと見抽象的だけれど、よく見ると空気の流れが見えるかなっていう夜空の作品で、「コーヒー」は三年くらい前に作ったコーヒー染みの作品のカムバックで、「東京の朝」は自由が丘の自宅からみた風景なんです。去年、水戸で展示したときにはランドスケープに集中したんですけど、今回は一人グループ展みたいな感じで、新作ありカムバックあり、風景あり静物あり、具象あり抽象ありって、結構散漫な感じにしたんです。

またなぜそういうアプローチを?

やっぱり触れ幅をもう少し持ちたいと思っていて。って言うのは、前回の展示のすぐ後でかなり大きな風景作品をつくってしまったせいか、自分のなかである程度やり切ってしまった満足感があったんですね。で、終った後に、「こりゃ、あとは量産するか、作品をもっと大きくするしかないな」って思ったら、それだけでもう疲れてしまって(苦笑)。だから、少し自分を楽にするために、一回リセットして、今までにやった色んな要素を一緒にして、まあ、ちょっと過去にベクトルを向けてみようかと。

あと、前回の路線で行こうかどうか迷っていたときに聴いた、あるミュージシャンのアルバムがすごく良くて、ちょっと考えさせられたっていうか…。この人、その前にちゃんとしたアルバムを二枚出してて、「さあ、これから」って時に、おもいっきり宅録のアルバムを出しちゃったんですね。しかも収録曲の半分が、自分の昔の曲とかのカバーという。で、そういうの、すごくいいなと思って。

やっぱり宅録なんですね(笑)。

いえね、彼があるインタビューですごくいい事を言ってたんですよ。世の中に曲が溢れすぎている、だからこれからはもう新曲なんていらない、それよりもあるものを、本当に好きなものを聴き込んでプレーしたい、って。それにすごく共感したんですね。現代アートも新しいアイデアじゃないといけないみたいな強迫めいた風潮があって、どんどん色んなものが出て来て消費されていってますよね。でも自分も、本当にいいものを噛み締めることが大事だと思うんですよ。で、それが結局次の展開に自然に繋がるんじゃないかって思ってるんです。



青山悟 (あおやま さとる)
1973年東京生まれ。ロンドン在住。
98年にロンドン大学付属ゴールドスミスカレッジを卒業後渡米。シカゴ美術館付属美術大学院にて修士課程を修了し、同年英国に戻る。その後、東京のミズマアートギャラリーで個展を開くほか、水戸芸術館の若手対象のプログラム「クリテリオム」(04)に抜擢。ロンドンのクラフツカウンシル主催の「ボーイズ・フー・ソー」展(04)、ボローニャ近代美術館の「オフィチーナ・アジア」展(04)などにも参加し、国際的に活躍する若手として注目を集めている。


「空気 コーヒー 東京の朝」
Satoru Aoyama
Mizuma Art Gallery
05/06/01 - 05/07/02
mizuma-art.co.jp


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