「ブリットアート版グラウンド・ゼロか?」「ブリットアート・インフェルノ」などの見出しで、爆弾テロでも起きたかのような勢いで報じられたこのニュース。情報が交錯するなか色んな噂が飛び交ったが、幸か不幸か被害をうけた美術品は現代アートだけで済んだ。

全焼した美術品管理会社モマートの倉庫には、コレクターのみならず、商業ギャラリー、ディーラー、アーティストなども作品を預けていたことが明らかになった。しかし、今回最も深刻な被害を受けたのは、当初の予測どおり英国一の美術品蒐集家として知られるチャールズ・サーチだ。火災で焼失した作品はおよそ100点。チャップマン兄弟、トレイシー・エミン、サラ・ルーカスなど90年代ブリットアートの中心人物の作品が多数失われた。

火災で焼失した作品1

Tracey Emin
Everyone I Ever Slept With 1963 - 95
Courtesy: The Saatchi
Gallery - London

 Tracey Emin
The Last Thing I Said Is Don't Leave Me Here
Courtesy: The Saatchi Gallery - London
 Sarah Lucas
Down Below
Courtesy: The Saatchi Gallery - London


被害にあった作品のなかでも最も惜しまれているのが、デミアン・ハーストの「鮫」や「牛」と並びブリットアートの最高峰と評価されているチャップマン兄弟の「Hell」だ。何千体ものフィギュアを使って精巧に作り上げられたこのジオラマ版地獄絵図は、サーチが一億円を投じて購入した同コレクションの看板作品(写真冒頭)。英国で発表されたのは、2000年のロイヤル・アカデミーでの「Apocalypse」展と、今年3月まで開催されていたサーチ・ギャラリーでの「Jake & Dinos Chapman」展のみ。復刻版制作の見込みはあるのかと期待が持たれるなか、ディノス・チャップマンはタイムズ紙に「複製はできない。作り直すことはできないと思う」ときっぱりと断言。ジェイク・チャップマンは、「責任は神にあると思う。もし自分の不愉快さを1から10までで表すとするならば、11くらいだ」と怒りをぶちまけている。

一方、今回最も大きな被害を受けた作家といえば、戦後を代表する抽象画家のひとりパトリック・フェロンで、絵画50点を失った。'99年に他界した彼の作品は、娘のキャサリンさんとスザンナさんがモマートに預けていたもの。'98年のテート・ギャラリーでの個展で展示された彼の主要作品の多くが焼けてしまったようだ。

また、個人でモマートの倉庫を借りていたデミアン・ハーストも被害が大きかった作家のひとり。俗に「スピン・ペインティング」と呼ばれる回転式絵画を含む平面作品16点が失われたようだ。しかし幸いなことに、焼失したと大々的に報じられた高さ6メートルのブロンズ彫刻「Charity」は、寸でのところで被害を免れることができた。今回の火災で助かった唯一の作品ではないかと報道されている。

火災で焼失した作品2

Richard Patterson
Motocrosser II
Courtesy: The Saatchi
Gallery - London

 Martin Maloney
Sony Levi
Courtesy: The Saatchi Gallery - London
 Michael Craig-Martin
Mood Change One
Courtesy: The Saatchi Gallery - London


商業ギャラリーの被害に関する情報は今のところ乏しいが、ヴィクトリア・ミロ・ギャラリーが預けていたクリス・オフィリの作品が数点被害にあったと報道されている。このなかにはヴィクトリアさんの個人コレクションも含まれており、その中にはオフィリの「Captain Shit」シリーズの第一作が含まれているという。一方、キングスクロスにロンドン二号店をオープンしたばかりのガゴーシアンは、幸いなことに被害は軽くてすんだということ。

現場が落ち着きを取り戻すにつれて、アート業界には事態の深刻さがジワジワと広がっている。被害の中心人物であるサーチは「[これらの作品は]ブリティッシュ・アートの歴史においてかけがえのないものだった」と損失の重大さをアピール。そして事の重大さは、新聞で飛び交う「悲劇」、「惨劇」、「グラウンド・ゼロ」といった見出しによってより確実なものとして歴史に刻み込まれて行っている。

火災で焼失した作品3

Tim Noble & Sue Webster
Ms Understood and Mr Meanour
Courtesy: The Saatchi
Gallery - London

Gavin Turk
Floater
Courtesy: The Saatchi Gallery - London
 Patrick Caulfield
Hedone's
Courtesy: The Saatchi Gallery - London
 Chris Ofili
Afrobluff
Courtesy: The Saatchi Gallery - London


しかしこのメロドラマチックな被害者ムードのなか、より大きな視点から事態を見ている関係者もいる。今回の火災で作品2点を失ったトレイシー・エミンはインディペンデント紙に、「心配です。・・・でも、先週結婚式を爆撃された[イラク]の人たちや、400フィートもの泥のなかから引き上げられたドミニカ共和国の人たちのことも、同じようにとても心配です」とコメント。同じく被害にあった画家のデックスター・ダルウッドも、「悲劇だけど、作品は戻ってこない。もし子供が死んだりでもしていたら、ずっと最悪だったと思う」と同紙に語っている。

エミンの言うイラクの爆撃では約40人が死亡、ドミニカ共和国とハイチを襲った洪水では900名以上の死者が出ている。ブリットアートの傑作を失ったのは確かに非常に残念なことだが、二日間も続いた大火事にもかかわらず一人も死者を出さずに済んだことに感謝するべきかもしれない。アート業界の出来事がこれだけ熱く語られるイギリスは魅力的だ。だが今回は少し熱くなり過ぎているようだ。なにせグラウンド・ゼロなんて言葉までが出てしまうくらいだから。

伊東豊子(2004年5月27日) 
© Toyoko Ito, May 27th, 2004



リンク:
Momart
The Saatchi Gallery





 


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