針と糸。どこの家にでもあるお馴染みのものだが、最近これがロンドンの若手アーティストたちの間で人気のようだ。指先の温もりが伝わってくるようなニットや刺繍が、ギャラリーや美術館だけでなくグラブや地下鉄にもお目見えしている。

まずは、巷で専ら「ゲリラ・ニッターズ(guerrilla knitters)」として知られるアーティスト・ユニット、カースト・オフ(Cast Off)。「少年少女のための編み物クラブ」と自らの活動を語るこちらは、編み物集会をフラッシュ・モブ風のゲリラ戦法で催している団体。そのミッションは編み物をより一般に広めるとともに、創作の分野におけるそれの可能性を拡大すること。

「家以外ならどこにでも行きます。」設立者レイチェル・マシューズ(Rachel Matthews)の言葉どおり、カースト・オフが出没する場所は街中のパブやクラブから地下鉄サークル・ラインの車両やハックニー・シティ・ファーム(ロンドン東部にある農場)まで広範囲に及ぶ。設立は2000年。以来、来るものは拒まず、同じ場所は二度と使わないという鉄則のもと数々のゲリラ集会を催してきた。

集団で編み物をし始めるというそんな異様な行為を歓迎しないべニューももちろんある。去年、ロンドンはストランドのサヴォイ・ホテルのバーで催した集会がその一例で、集った30名の男女は場にそぐわないと判断する支配人によって追い出しを食らった。女は家に帰って編め!男は戦場に行け!そんな暴言を浴びたとのコメントを新聞で読んだのを記憶している。しかしその一方で、アート界での受けは上々なようで、つい数日前には「Craft Rocks」というタイトルのもとV&Aで集会が開かれたばかりだ。DJ付のバーというヒップな場で針と毛糸が支給され、カースト・オフの会員が編み物の手ほどきをした。

(左上)Craig Fisher, Clear and Presentable Danger
(左下)Fernando Penteado, Prison Speech Project
(右)Satou Aoyama, Bill

一方、ロンドン北部にあるクラフツ・カウンシルでは、縫い物をする男性作家7名を紹介する「Boys Who Sew」展を先月より開催。希望者ならば男女問わず誰でも歓迎という編み物クラブに比べて、こちらは男性だけに限定した企画。しかも、パンフレット内のインタビューで「作家はみんなゲイですか?」と質問が飛ぶくらい、タイトルにはフェミニズム的な匂いが感じられる。が、実のところ、キュレーターの意図は別として、作家自身はその点にばかり囚われているようではなさそうだ。

バラエティーに富んだ作品群の中でも最も正統派と感じたのが、画家が筆を扱うようにミシンを操り、リアリズムの強いポートレート制作している青山悟(Satoru Aoyama)の作品。壁に掛けられたポストカードサイズのそれらには、男たちの顔がシビアな色彩で、シワ、シミ、くすみ、たるみなどの皮膚の汚点を強調するかのように描かれている。その容赦のない描写もさることながら、点描を思わせる精密さがとても印象的だ。縫ったものとはとても思えない。

フェルナンド・M・ペンティード(Fernando Marques Penteado)の作品も同じく刺繍だ。だが青山のそれとは対極をゆき、自らの手で縫ったものは展示作品を収納するズタ袋一枚だけ。残りの作品はすべて服役中の囚人たちによる作品で、去年ワンズワースの刑務所で刺繍のワークショップを開いた時のものになる。これらの作品は技術的な点では青山の足元にも及ばないものの、ここでのポイントは実社会の中で繰り広げられる美術活動、美術を通じての囚人の啓発といったところだろうか。いかにも現代アート的なアプローチだ。

似たような社会性は、クチュリエぶったドレスを発表しているグレゴリー・レオン(Gregory Leong)にも伺える。中国系オーストラリア人のレオンが関心をおくエリアは、外国に住む私にはそう他人事とも思えない「私は何人なんだろう」というアイデンティティーの問題。新しい国の風土や文化に染まることを余儀なくされる一方で、なくなることのない祖国の血。二つの文化にまたがる人間の分裂した内面が、中国と西洋のドレスをコラージュすることよってシンボリックに語られている。

このように目に付くのは裁縫箱やクローゼットの片隅に眠っているものばかり。しかし、そこから生れたものは集団ゲリラ・パフォーマンス、刺繍画、囚人とのコラボレーション、東西折衷型ハイファッションと様々。当分テキスタイル系のアートから目が離せそうもない。

伊東豊子(2004年3月28日) 
© Toyoko Ito, March, 2004


"Crafts Rocks"
Cast Off
イベントは3月26日に開催された
V&A
Cast Offの活動についてはこちら

"Boys Who Sew"
04/02/05 - 04/04/04
Crafts Council Gallery
展示の詳細についてはこちら

 


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