2月4日正午過ぎ。ロンドン東部の殺伐とした倉庫街にオノ・ヨーコが現れた。胸元の大きく開いた黒いスーツに身を包み、薄汚れたレンガ造りの建物に颯爽と入ってくる。暫くのあいだ、血が飛び散った会場内を展示物から展示物へと渡り歩き、第二次大戦の戦場を示す地図が敷かれたテーブルまで来ると足を止める。スタンプを手に取り、「IMAGINE PEACE」の二文字をそこに刻む。フラッシュが一斉に瞬く。「こっちを向いて!」というカメラマン達の掛け声に、「あなた達も後で押してよ」と微笑みながら一言。

たとえあのデミアン・ハーストでもこうは行かないだろうという数の報道陣が押し寄せたここは、オノの新作「Odyssey of a Cockroach」の会場。展示作品は去年の秋にニューヨークのダイチ・プロジェクツ(Deitch Projects)で公開された大規模なインスタレーションで、今回の主催団体、インスティチュート・オブ・コンテンポラリー・アート(ICA)の臨時展示場一階から三階までをフルに使った展示となっている。

 

画像をクリックすると拡大画像がみれます

 

「一日、ゴキブリになることを決めた」と自ら語るこの作品は、人間と並ぶシブトイ種族、ゴキブリの視点からニューヨークの街をカメラに捉え、写真に立体物を交えてダイナミックに再現したものだ。すべての物が拡大化されたインスタレーションのなかで、観客は暫しのあいだ社会の害虫になった気分で、摩天楼の下に広がる殺伐とした人間社会を目の当たりにすることになる。

展示室に足を踏み入れると、まず、中東を思わせる女性の歌声が耳にこだまする。目の前にはペルシャ絨毯の上に置かれた鏡のない鏡台。そこから奥をのぞくと、イスラムを象徴する白と黒の衣服が血の海に浮かんでいる。その横には石膏でできた肉体の破片がゴミ箱からあふれ出し、前方のタペストリーには「…大衆を戦争に引き込むのは簡単だ。… 攻撃されていると言いさえすればいい …」と、ヒトラーの腹心ヘルマン・ゲーリングがニュルンベルグ軍事裁判で語った言葉が綴られている。

 

画像をクリックすると拡大画像がみれます

 

「このもうひとつの強靭な種族の目を通して、私たちは、私たちの夢と悪夢が築いてきた真の現実を学べるかもしれない」と語っているオノ。その言葉通りに、ここには彼女がもっとも残酷な世紀と呼ぶ二十世紀の歴史から、9.11テロ後なおもエスカレートする民族や宗教間の対立、日常茶飯事と化した若者間の抗争や家庭内暴力など、様々な暴力に蝕まれた現代社会の姿が再現されている。

絶望感に苛まれた描写。しかしその暗闇のなか、足は自然とほのかな灯りに包まれた、「IMAGINE PEACE」の判がある地図へと向かう。何十もの「IMAGINE PEACE」によって変形した地形に、私も二文字を加える。壁一面を覆う廃墟の写真の向かいには、「For your memory of injustice and violence -Y.O.'04」と手書きのメッセージ。この作品を通じて感じたことは、歴史を振り返ってそこから学ぶこと。カフカの“毒虫”*とは異なって、オノの"cockroach"には平和への希望が残されているということだ。

*注:カフカの『変身』の原文に出てくる"ungeziefer"は insect(昆虫)、vermin(害虫) またはbug(虫) と英訳されているが、英語圏では一般的には「ゴキブリ」と解釈されている。

 

Yoko Ono
Odyssey of a Cockroach
040205-040307

ICA 'East'
14 Wharf Road
London N1 7RW
Tube; Old Street (Northern Line)

Open daily, 1200 - 1930
020 7930 3647

www.ica.org.uk


Top

Exhibitions

Home


fogless.net
e-mail: editor@fogless.net
This site has been designed and managed by Toyoko Ito (Toko) copy; 2000-2010 All Rights Reserved
このサイトは伊東豊子(トコ)によってデザイン及び管理・運営されています。本
サイト内で用いられているコンテンツ(文章・画像など)を無断で複製・転載・転用することはできません。