Mark Wallinger, Third Generation (Ascher Family) 2003
Back projected video installation (DVD transfer), 37'58"
© the artist
Courtesy Anthony Reynolds Gallery, London


空白のスクリーンが33分間つづく処女映画を公開したばかりのマーク・ウォリンジャー。その彼の個展が、辛口で有名なイギリスの美術評論家たちの間で絶賛されている。展示品は映像作品二点のみ。スタイルも映画ほどではないがかなりミニマル。だが、そのシンプルさのなかに込められたコンセプトは、戦争、中東問題、情報検閲といずれも深いものばかりだ。

一階で展示されていたのは、抽象画のような構図をみせる映像「Third Generation」。"第三世代"という意味をもつこの作品は、ユダヤ博物館内で展示中の一本の白黒ヴィデオからスタートした作品だ。ウォリンジャーはまず、博物館で上映中のこのヴィデオに黒枠をつけて撮影。撮った映像を別の場所で上映し、それをまた黒枠で包み再度撮影。このように枠取りと撮影を三度繰り返した結果、映像は一枚のスクリーン上に三世代が象徴的に共存する一風変わったものになった。

この作品が持つ意味の深さは、題名が"第三世代"であることを踏まえたうえで、ウォリンジャーが撮影した最初のヴィデオに映る人々、すなわち第一世代の人々が、第二次大戦直前にパレスチナに逃げたユダヤ人一家であるとわかって初めて理解できる。三度の撮影を経ていい具合に劣化したこの白黒映像には、海水浴やスキーを楽しむ一家の幸せそうな姿が収められている。が、彼らの後世を示す外枠には映像は流れない。第二、第三世代を表すこれらの部分には、赤っぽいパターンと黄土色に覆われた描写のない世界が続くだけで、あとは観る側の想像にゆだねられる。

枠の存在は、二階で展示中の「Via Dolorosa」にも見られる。しかしこちらの場合は、画面の9割方が黒で塗りつぶされ、枠の部分だけに映像が流れるという仕組みだ。ターバンを巻いた白いイスラム服の群衆から、舞台が中東であることは容易にわかったが、これが2000年前の中東、磔に至るまでのキリストの最後の半日を描いた映画だと気づくまでには少々時間が掛かった(フランコ・ゼフィレッリ監督の「Jesus of Nazareth(1977)」)。古めかしい鎧と槍にアナクロニズムを感じながらも、最近のイラク情勢のことが先に頭に浮かんでしまったのだ。

イラクという思いつきには、黒塗りの画面を前に「見てはいけない映像を見ている」という気にさせられたことと、心の隅に潜んでいた報道に対するある種の不信が関係していたのかもしれない。三ヶ月程前にある友人から、イラク戦争の最中にひょんな事からでイラクに入国した男の話を聞いた。男はそこでテレビや新聞では見たことがない殺人行為を目にし、それを撮影して日本に持ち帰ったそうだ。そして後日、現地の人に頼まれていたこともあって、新聞社を訪ね歩き掲載してほしいと頼んだのだそうだが、行く先々でこれは掲載できないと言われたという。

そんな話を聞いていたこともあって、画面から中東、群集、暴動などのヒントをつかんだ瞬間、イラク情勢や情報検閲のことが画面上のイメージと一体化してしまった。画面が隠されているために想像力がより働き、イメージの断片を自分の知識に強引に当てはめようとしていたのかもしれない。「Third Generation」と「Via Dolorosa」の関係はすんなりと理解できるものではないかも知れないが、映像を隠すことによって観る側の想像力を掻き立てるという点で両者は似ていたと思う。キリストの磔、ユダヤ人の迫害、中東問題などの脈絡のなかで、見せないことが見せること以上に効果的に働いていたのではないかと思う。

伊東豊子(Toyoko Ito), 2004年2月


Mark Wallinger
040116 - 040221
Anthony Reynolds Gallery

ウォリンジャーの旧作についてはこちらで。


Top

Exhibitions

Home



fogless.net
e-mail: editor@fogless.net
This site has been designed and managed by Toyoko Ito (Toko) copy; 2000-2010 All Rights Reserved
このサイトは伊東豊子(トコ)によってデザイン及び管理・運営されています。本
サイト内で用いられているコンテンツ(文章・画像など)を無断で複製・転載・転用することはできません。