Photo:© Mari Numada 2003

フォグレス読者のみなさま初めまして。この夏にロンドンのエコノミスト・プラザで「インフィニティ・ウエア」を発表した加賀田恭子です。ここでは、海外で作品を発表したい方のためにひとつのサンプルになるよう、私の個展開催までの経緯をウラ話、舞台裏、手の内などを含めてご紹介させて戴きます。それではまずロンドン展の前進、2002年の東京での展覧会までさかのぼってみます……


グラフィックデザイナーである私が、前々から興味のあったファッションやテキスタイルを取り入れた美術制作を行い「インフィニティ・ウエア」として東京で発表したのはロンドン展より1年半前のことです。初めての東京での個展開催は制作や準備はもちろん、ギャラリー予約、宣伝、広報、インタビュー、初日のワイングラスの手配まで全て自分の資金と責任のもとで行いました。つまりそれは、商業ギャラリーや、アート関連機関、アートを支援する企業などの援助を得たわけではなく、自力で強引に発表したとも言える内容でした。このことは「お金さえあれば誰でもできる事ではないのか?」「本当にアートを発表したと言えるのか?」「ただの自己満足ではないのか?」という疑問を自分に投げかけることになりました。

アートの関連機関を通して発表できると言うことは様々な面でサポートを得られるだけではなく、第三者からお墨付きを戴いた作品という意味もあります。私はアーティストとして今後の活動をしていくうえで、この意味こそたいへん大きな価値と考えていましたが、当時の私にはその“価値”をじっと待つだけの忍耐はありませんでした。ともかく造りあげたいという切実なる思いに押され、不安を残しつつも実現までの最短の手段、すなわち自力を選択しました。しかし実際にフタを開けてみれば非常に多くの方々に見て頂いたうえに、様々な意見や感想を得られ満足感も十分で、どんな手段であれ開催できてよかったとアーティスト名利につきる思いでした。資金面の都合から短い展示期間だったため「もっと長くは展示できないのか」「別の会場での発表はどうか」といった嬉しい感想も頂き、そして何処からか「どうせなら海外はどうか」との声を耳にした時、自分の視界がぱっと開けたような感覚を覚えました。

 ●一言アドバイス その1●
きっかけは小さな事かもしれません。やってみたいと思ったその気持ちを大切に!

 


Kyoko Kagata, Infinity Wear, 2003
Photo:© Mari Numada 2003
エコノミスト・ギャラリーでの展示風景。

もともとデザイナー畑の人間なのでアート界には疎い、というのはやはり言い訳ですが、開催地の選び方はいま思い出しても恥ずかしいものです。まずアートと言えば、ニューヨーク、パリ、ロンドン、いまなら北欧もいいな、街としては上海も好きだな……なんて本当にこんな発想から始めたのです!そして英語は未だに問題アリの私ですが、それでも他の外国語よりはましだろうということで枠は少し狭まり英語圏に。そして幸運にもこのFoglessと出会えて的はロンドンに絞られました。

 ●一言アドバイス その2●
海外のアートシーンにはいつも注目し、開催場所はもっと真剣に考えましょう。
すでに21世紀、英語くらいは使えるようにしておきましょう。

 

東京では“自力”を選んだ私ですが、ロンドンでは方向転換し美術の関連機関にアプローチをとってみることにしました。前途のとおり東京でのやり方が決して悪かったわけではないのですが、アート層がぐっと厚いロンドンで「自己満足と誤解を招きかねない発表」ではかなり厳しいように感じたのです。アプローチ先はFogless紹介のギャラリーやアートマップやインターネットなどから見つけた所など様々で、まずはEメールで自己紹介にバイオグラフィー、数枚の作品画像といったものを送ってみました。この後に始まったロンドンとのやりとりにも言えることですが、インターネット・テクノロジーがなければあり得なかった今回の個展。今さらですが本当にスゴイ時代!!机上の理屈ではなく、心底から「地球は小さくなった」と実感しました。

 ●一言アドバイス その3●
自己経歴書と作品解説の英訳は早めに用意、いつでもどこでも提出できるように
しておきましょう。やはりパソコン、インターネットを自由に操れるくらいのスキルは
身に付けましょう。

 

資料を送った結果、ギャラリー数カ所とミーティングをする手筈が整い、開催の前年にロンドンへ渡りました。私の作品に対するギャラリストの意見は面白いほどにそれぞれで、思わぬ所をツッコまれたり、考えてもいなかった解釈を与えられたり、内容も独特で興味深く、なんだか現代美術とはその作品だけではなく議論する人間の姿も作品の一部のように思いはじめ、このことは自分に新しい価値観を与えてくれました。ロンドンで多くの作品に出会い、好きなものと同時に目を背けたくなるようなグロテスクなものも多々あり、以前の私であれば趣味じゃないからと足早に通り過ぎたに違いないそんな作品の前で、今ではアーティストの制作の動機や訴えたいメッセージを探ったり、自分の作品と照らし合わせたり、自己に置きかえた場合などを想定したりと、新しい思考回路を使っている自分がいました。このような思考は、私がいるデザインの世界、つまり嫌いなものは買わなければいいし不便なものは使わなければいいと、明確にしかし感覚的に感情を処理する世界には見られないことです。現代美術をよく知る人にとってはあたりまえの鑑賞法かもしれませんが、足を踏み入れたばかりの私にとってロンドンでのミーティングで知った新しい感覚はあまりにも新鮮で、本当に刺激的な毎日でした。そして、今回開催したギャラリーのオーガナイザー、コンテンポラリー・アート・ソサイエティ(Contemporary Art Society)とのミーティングで好感触を得られ、帰国後すぐに作品プロポーサル(コンセプトや展示計画、自己経歴書などまとめた書類)を提出しました。そして年明けも近い頃、開催許可の通知が届きました。

 ●一言アドバイス その4●
人はいろいろ言うものです。それにメゲない精神力と、作品に対する自信を
持ちま しょう。

 


Kyoko Kagata, Infinity Wear, 2003
Photo:© Mari Numada 2003
エコノミスト・ギャラリーでの展示風景。

いよいよ開催に向かって、2003年早々から担当者とのメールのやり取りが始まりました。何もかも自分で手配しなければいけなかった東京展の時とは違い、今回はソサイエティからのサポートも多く時間的にも経済的にも助かることが色々とありました。しかし、このような後ろ楯がいる場合こそこまめな報告や確認などが必要となり、さらに言葉や文化の違いも加わり、何度か「困ったな」と思うこともありました。しかし幸いなことに、私はフリーランスのデザイナーです。自力でトラブルを解決することに心得があったのか、それとも自己の性格のためなのか、どんな状況でも「なんとか解決しよう」と「なんとかなるだろう」の二つの感情が矛盾なく自分の中に存在していました。最終的にトラブルを乗り越えて物事がテキパキ進んで行った時には、面白ささえも感じていました。

 ●一言アドバイス その5●
言葉や文化の違いによるトラブルはよくあることなので、ナーバスになりすぎず
積極的に解決方法見つけましょう。

 

展示場所のエコノミスト・プラザは、経済誌「エコノミスト(The Economist)」本社ビルGフロアーにあるL字型の大きなスペースです。本来がオフィスビルで、建築物そのものも由緒があるため、通常のギャラリーのように作品に合わせての空間の改装は禁止されていました。壁を塗ったり剥がしたりはもちろん、梁を利用して吊るすことさえもちょっと難色……つまり物を置くしか出来ないようなスペースでした。そのため、多くの制限つきのだだっ広い空間を効果的に使うにはどうすべきか、それが今回の展示の一番の大きな課題となりました。

バランス感覚はグラフィックデザインでも重要ですが、空間演出でも同じことだと思います。「インフィニティ・ウエア」はマネキンに着せた作品が6体、ウエア素材となる糸巻きを置いたテーブルが6つと、合計で立体物12体からなる複雑な構成になっています。これらをわかり易くかつ効果的に見せるために使用したのが長さ25メートル、幅1.6メートルの巨大な帯で、その帯の上に立体すべてを置く形式を取ることにしました。この帯上の空間だけは「インフィニティ・ウエア」に与えられたものであり、オーバーに言えば作品の聖域です。敷かれた帯と剥き出しの床との境界線に、目に見えない壁が天井に向かって確実に存在しているといったイメージです。後ろや横を向けばビルそのままですが、そこは聖域外。つまり作品のスペースではないから関係なし、と理解してもらえたら一番成功なのですが。ともあれ、物を置くしかできないという制限の中で今回のインスタレーションは自分が気に入った部分の一つになりました。

 ●一言アドバイス その6●
悪条件で悩むよりも「何が出来るか」「さらに積極的に利用はできないか」を
考えてみましょう。

 


Kyoko Kagata, Infinity Wear, 2003
Photo:© Mari Numada 2003
一本の帯状の布から成るミニマルな「服」インフィニティ・ウェア。

このような大きな制作物を用意したため、日本からの運搬も厄介なものとなりました。全て責任を持ってくれるなんてうらやましいギャラリーもありますが、今回は運搬はアーティストの責任、ときっぱり。帯を巻きつけるための段ボール製の大きな円は4分割できるものでしたが、それでも一つ1×1m以上の大きさで、両側面合わせると合計8枚もあります。結局、通常個人の荷物は扱わない運送会社にお願いしてなんとか運び込んでもらいました。ここまで大きなものだとイギリスで準備することも考えましたが、かなり事前に現地入りする必要があり当時の私のスケジュールでは難しいことでした。荷物を飛行機で“運ぶ”手配に安心したのも束の間、今度は荷物が絶対に“届く”ようにしなければという日本ではあまり必要のない心配が出てきます。日本のサービスのような時間指定なんてことは出来ないだろうと諦めていましたが、それでも短い搬入期間中に荷物はギャラリーに絶対に収めなければいけません。かといってできる事と言えば、運送会社のイギリスの事務所に到着希望日をリクエスト(あくまでもリクエスト、保証ではありません)するくらいなので、これは日本からの発送時と、イギリスにつく前日あたりに2回連絡し、荷物の重要度をアピールしてみました。

さらに、楽観的でありたい私にとってはかなり滅入ることでしたが、事故などで荷物が壊れたり届かなかった場合という、展覧会そのものをくつがえすような深刻な想定もしなければなりませんでした。幸い作品メインの服はすでに到着が確認できていたので、大きな円や布の帯がなくてもこれさえあれば何とか展示できるだろうと考えるようにしました。しかしマネキンが届かなかった場合、まさか服を床に置くわけにもいかず保険としてハンガーを手荷物で持参する事に。用意しながら「これを使わない事を祈ります!」という気持ちになったことを覚えています。このように実質的な準備よりも気苦労の方が多かった気がしますが、ソサイエティ万全のアレンジも手伝い、結果完全な形で到着した荷物をギャラリーで見た時は、この展覧会はほぼ成功したと思ってしまいました。展示を終えた今、大変だった事をよく聞かれますが私はいつも開口一番に「運搬、うんぱん、ウンパン」と答えています。

 ●一言アドバイス その7●
運搬手段は早めに決めましょう。(とってもデザイナーよりの考え方ですが)運送
上限サイズを把握し、それに準じて製作することも一つの方法。

 

忘れてはならない展覧会成功の大きな要因。それはロンドンの友人の存在です。勉強のためにも自分から積極的に行動しようと意気込んでいた私ですが、ロンドンチームの手際の良さには感心しっぱなしでヤヤ頼り気味になってしまいました。このデキる仕事ぶりはやはり異国の地で生活しているという強さからくるものなのでしょうか?労働作業の後のワンパイント・ビアは忘れることが出来ません。そして初日に催したイギリス人トップソリストによる「インフィニティ・ウエア」を纏ってのコンサートは、曲目選択からヘア、メイク、記録用写真まで各分野を専門とする友人が最高レベルのものを提供してくれました。友人から与えられっぱなしだった私は、今度は私が彼等にできることはないだろうかと考えるようになり、その健康な精神に自分自身とても喜んでいます。

 ●一言アドバイス その8●
持つべきものは友。しかし人づかいはほどほどにしましょう。

 


Kyoko Kagata, Infinity Wear, 2003
Photo:© Chiho Inoue, Mari Numada, 2003
展示およびオープニングのパフォーマンスの準備の様子。

アーティストであれば誰でも、作品を海外で発表したいという気持ちを少なからず持っていることと思います。私もぼんやり考えていた一人で、本当に些細なきっかけで実現を決意し行動に移してみただけなのです。海外というだけで想像していた大変さや複雑さは実際にはそれぼどでもありませんでしたが、しかしそれは日本での作業よりも数倍の注意を払った結果だと思います。注意といっても再確認のメールをしたり相手の気持ちを想像してみたりと、何も特別なことではありません。

伝えたいことが一番最後になりましたが、ロンドンで発表できた感想。それは“最高”の一言に尽きます。国籍問わず多くの友人ができ、アーティストとしての自分の可能性も見えてきました。これからも日本人アーティストの国外発表がどんどん増え、こんな気持ちを分かち合えればと思っています。

 

●一言アドバイス その9●
計画中の方、これからの方、まだ迷っている方へ。いくつかのトラブルなんて
すっかり忘れてしまうほど、海外で発表できた満足感はこの上ないものでした。
頑張ってください!

 

 

加賀田 恭子
1972年千葉県生まれ。横浜市在住。
女子美術短期大学専行科宣伝計画を修了後デザインスタジオに勤務。1999年にフリーランスのグラフィックデザイナーとして独立。2002年から美術制作活動開始。東京、ソウルに続き、2003年7月〜9月にロンドンの
エコノミスト・プラザで個展を開催した。
www.kyokokagata.com
 
kkagata.at.infoseek.co.jp/ginza (東京展)
Contemporary Art Society






 

 


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