Jake and Dinos Chapman
壁)Insult to Injury, 2003, 中)Sex, 2003, cast bronze
手前)Death, 2003, cast bronze
Courtesy Jay Jopling/White Cube (London)
Photo: Tate. Dave Lambert and Mark Heathcote


ゲリラ作家、チャプマン兄弟が選ばれているだけあって、話題には事欠かない今回のターナー賞。展示が始まる数日前から、チャプマン兄弟がショックホラー攻撃に出る、オーラル何とかにバイブレータのオマケ付、などとメディアがあれこれと騒ぎ立てていた。そして実際にそれらのモノが公開されたわけだが、見てみれば何のことはない。健全な美術館にはそぐわない下卑た表現がいくつか目立つだけで、それを取り除けばただの可愛い立体。大人向け玩具にベースされた作品はユーモラスとさえも言える。むしろ目だったのは逆に、ブロンズ彫刻や壷などのちんまりとしたモノがぽつぽつと置かれた地味な展示のほうだった。

例年のノミネート者に比べて、みな既にメジャーになってしまっている点もいけないのかもしれない。'88年の「Freeze」展でデビューしたガラチョと、'97年の「Sensation」展でブレイクしたチャプマン兄弟は、YBA世代に属すため90年代の名残的な印象が否めないのと同時に、知られすぎていて新鮮味に欠ける。グレイソン・ペリーはこのグループには含まれないものの、サーチ・ギャラリーで何回か紹介されているために知名度は意外と高い。彼らより若干上の世代になるウィリー・ドハティがその点一番控えめだが、実は今回唯一の二度目のノミネート者だ。つまり、多少の誤差はあっても、基本的にはみな展示経験が豊富で知れ渡っているわけだから、今更一、二点作品を見せられても驚きもしない。



Anya Gallaccio, Because I could not stop, 2002
Bronze cast from an apple tree, apples, rope
Private collection
Photo: Tate. Rodney Tidnam and Dave Lambert

しかしどんなに知れ渡っていても、作品に変化があれば退屈することもないだろう。が、問題はそこだ。みんな成功した表現言語に留まっていて、堅実にそれを守っている。それがもっとも強く感じられるのがガラチョで、12年前にイーストエンドのショップウィンドーを飾ったのと全く同じように、今回もガ―ベラの花2000個をガラス越しに並べた作品「preserve beauty」を出品している。ブロンズの幹に林檎の実が生る別の作品「because I could not stop」は哀愁を感じるほど美しいが、ギャラリーの中に生ものを入れてそれが朽ちていくプロセスを提示するという点では、倉庫に1トン分のオレンジを並べた初期の作品からほぼ変わっていない。加えて、去年ここテート・ブリテンで発表したインスタレーション「Beat」のようなダイナミズムも今回は感じられない。

しかしそれでも、どれが新作なのか見分けさえもつかないペリーに比べればまだ良いのかもしれない。社会問題にもなっている幼児虐待に対し関心をもつペリーの作品には、子供達がポルノ雑誌まがいの姿で登場したり、武器を抱えているなど穏やかではないイメージが目立つ。残虐とタブーに満ちたドローイングと金ぴかの壷という組み合わせが絶妙なコントラストを成してもいるが、残念なのは何個見てもみな同じに見えてしまうことだ。ついでに、去年バービカンでみた展示ともほぼ変わらなくみえる。キュレータによると壷を表現媒体に選ぶペリーの作品は、クラフト(工芸)からもビジュアルアートからも敬遠されてきたという。ある意味ではその境界線を占める挑戦的な作品とのことだが、それにしてはだいぶ控えめな挑戦という印象を受ける。



Grayson Perry
Installation View of Grayson Perry's work in the Turner Prize 2003.
Photo: Tate. Mark Heathcote and Rodney Tidnam

ジェイク&ディノス・チャプマンの新作「Sex」は'94年の「Great Deeds Against the Dead」の続編にあたる。「Great Deads …」はゴヤのエッチング「Disasters of War」のなかのワンシーンを立体化したもので、去勢された男と斬首された男の死体が木にくくりつけられるという形で表されている。続編にあたる「Sex」では、それらの肉体が9年の歳月を経て朽ちたとでもいうように白骨化し、うじ虫や蠅からコウモリやカラスまでの巣と化している。その恐ろしく精緻なつくりには二人の9年間での技術的な進歩がみられ(彼らはアシスタントをほとんど使わないことで有名)、度を越えたグロテスクな表現には吐き気を感じるくらいだ。しかし、去年のホワイトキューブでの個展「Chapman Family Collection」と比べれると何かが物足りない。「Hell」と比べてもまだまだだ。両方とも現在サーチギャラリーで展示中なので仕方がないが、あれらが飛びぬけて素晴らしかった所為か、若干、間に合わせで済ませたように感じられなくもない。



Jake and Dinos Chapman, Sex, 2003
cast bronze
Courtesy Jay Jopling/White Cube (London)
Photo: Tate. Dave Lambert & Mark Heathcote

今回唯一の映像作品であるドハティの「Re-Run」も同じく続編となり、92年の写真「The Bridge」と同じ構成を取っている。スクリーン二枚からなるこのループ映像は、彼の故郷ロンドンデリーにあるクレイガヴォン橋で撮影されたものだ。誰もいない夜の橋を必死に走り続ける男の姿が映し出され、パっと見、映画の逃亡シーンを思わせる。走り続けるという行為によって終着点のない人生を象徴的に表しているようだが、説明書きによると意味はさらに深く、北アイルランドとアイルランド共和国との境にあるためにカトリックとプロテスタントの対立に見舞われてきた故郷の状況が込められているという。非常に真剣なメッセージを持つ作品のようだが、解説なしに走る男の姿だけからここまで読み取るのは難しい。



John Currin, RE-RUN, 2002
Video installation with projection on two screens (colour, thirty seconds)
Tate. Purchased 2003 © the artist
Photo: John Riddy

このように展示という点では満足度に欠ける今回のターナー賞展だが、忘れてはいけないのは、今回の展示で受賞者が決まるわけではなく、一定の期間に行った展示すべてが評価の対象になるという点だ(今年の場合2003年5月9日から遡って12ヶ月)。例えばチャプマン兄弟のケースで言うと、デュッセルドルフのクンスト・パラスト美術館、ロンドンのホワイト・キューブ、オックスフォード近代美術館で開かれた展覧会すべてが考慮される。さらに補足すると、受賞するのはその年の「審査員」にもっとも強い衝撃を与えた作家であって、他の専門家や一般からの反響などを考慮した上で決まるわけでもない。

評論家に絶賛されたアイルランド近代美術館でのドハティの展示を見ていないだけに推測は難しいところだが、見た展覧会の中では個人的にはチャプマン兄弟の「Chapman Family Collection」が一番心に残っている。昔の民族博物館に足を踏み入れたようなあの異様な空間。20年代パリのピカソやバタイユから80年代の「プリミティヴィズム」を巡る議論、さらにはアメリカ型経済社会の浸透と色々な要素につながる機知に富んだ表現。プレスリリースからカタログのデザインまでが展示に一役買っていた完璧な演出。誰がターナー賞を取ろうと、あれは最高の展覧会でした。

文:伊東豊子(2003年11月3日)
 © Toyoko Ito, November, 2003

Turner Prize 2003
031029-040118
Tate Britain, London


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