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フセイン元大統領の息子ウダイ、クサイ両氏の死顔が各社新聞の一面を飾った今日。
血と傷にまみれた無残な顔は吐き気がするほど痛ましく、本人かどうかという事よりも遺体写真を目にしているという事の方に圧倒されてしまう。殺された遺体とはこんなにも醜くくおぞましいものかと、戦争そして死というものの現実を垣間見たような気にさせられる。

しかし、遺体写真がみな惨たらしいものだと決め付けるのはまだ早い。少なくとも昨日からフォトグラファーズ・ギャラリーで始まったEnrique Metinides(エンリケ・メティニデス)展を見る限り、どうもそうではなさそうだ。若干12歳にして初の遺体写真を撮り新聞一面に掲載された彼は、通称 "El Nino "と呼ばれるメキシコ人報道写真家で、1940年代から約50年に渡り惨劇の第一線を追いまくった国一番の有名写真家だ。

Enrique Metinides
Chapultepec Park-1995

A women grieves her dead boyfriend, stabbed in Chapultepec Park whilst resisting robbers. (泥棒に抵抗するうちに刺されて死亡した恋人の死を悲嘆する女)
写真提供
:The Photographers' Gallery

刑事物やアクション映画に影響され写真を撮り始めたというMetinidesの写真には、飛行機墜落や車両脱線事故の現場に始まり、交通事故、溺死、自殺、殺人などありとあらゆる死の現場が収められている。両翼を広げ頭からまっ逆様に地面に突っ込んだ複葉機、派手に横転したクラシックカー、高層ビルの27階から飛び降りようとしている女と、まるで映画のワンシーンのようにダイナミックで緊迫したシーンがそこには収められている。

幸い写真に写っている人すべてが命を落としたわけではないが、その多くが確実に、シャッターが切られる少し前まで息をしていた人間の亡骸を写したものだ。つまり、遺体写真という点でウダイ、クサイ両氏の写真と同じ部類に属す訳だ。しかしMetinidesの場合、なぜか目を背けたいという衝動には駆られない。もちろん、見てはいけないものを見ているのだという意識はあるが、目が自然に追ってしまう。いやむしろ、目が離せないくらいだ。

これには様々な要素が絡んでいると思うが、一つにはMetinidesの写実性よりも象徴性やフォルムを重視しているかにみえる描写方法が影響しているように思える。彼の写真には検死写真のように死体の細部を克明に記録した写真も、血まみれの死体を激写したショットも少ない。血の海が構図内に入り込まれないように彼が色々と工夫していたことを考えればあたりまえのことだが、血が写ってしまった場合にもその衝撃度を軽くするために報道写真の慣例に従い修正がされていたという。

Enrique Metinides
Lake Xochimilco-1960

写真提供:The Photographers' Gallery
   

キャサリン・ヤス展の展示風景:「ポートレート」シリーズから3作

しかし稀に、「Adela Legarreta Rivas」のように血が滴る顔を直撃したものもある。この衝撃的な写真からは写された女性が息絶えていることが窺えるが、モデルのような女性の容姿と写真の構図が決まり過ぎているからだろうか、事実に反して、私には伊島薫やJuan delGadoの作品に見られるような死の現場をステージした写真のように感じられてしまう。しかし今回の展示作品中、人の最期をここまで衝撃的に切り取った写真は割と少なく、一見しただけでは死が確認できない曖昧な写真の方がずっと目立つ。このような写真では、死体の後姿や死体を漠然としたシルエットとして捉えられている例が少なくなく、写っている現実よりも全体的な構図や形式的要素、シーンが放つ象徴的意味合いなどの方に目が行ってしまう。

英国のアート系写真ではここ最近、「ドキュメンタリー」を合言葉に報道写真が持てはやされている。なかでも一部ファインアート的要素含んだ作品が好んで選ばれ、アートという枠組みのなかで新たな意味が加えられ紹介されている。今回の展示もその口のようだが、人の最期をギャラリーで美術鑑賞したい人間が一体どれだけいるのか私には疑問だ。Metinidesの写真では飛行機や車だけでなく遺体までもがモチーフと化している。それによって目にしているシーンが人間の臨終であることを忘れ、審美的に優れた鑑賞物として受け止めることができてしまう。しかし、どんなに魅力的な鑑賞物であっても、写っているのは遺体だ。悪名高きあのウダイ、クサイ両氏の遺体公開にでさえ批判的な声が随分出ている。きっとそれだけタブーな行為なのだろう。でもここには報道という枠を超え、鑑賞物として遺体写真が沢山飾られている。

 

Enrique Metinidese
Adela Legarreta Rivas,
Adela Legarreta Rivas is struck by a white Datsun on Avenida Chapultepec, 29 April, 1979.(アデラ・レガレッタ・リヴァスは1979年4月29日、白いダットサンに跳ねられた)写真提供:The Photographers' Gallery

   

伊東豊子(Toyoko Ito)、2003年7月25日

Enrique Metinides
030724-030914
The Photographers' Gallery



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