Ron Mueck, Mother and Child, 2001
mixed media, 24 x 89 x 38 cm
Private collection, Courtesy of James Cohan, New York.
© Ron Mueck
Courtesy of Anthony d'Offay, London
Photo: Mike Bruce


分娩直後の母と子を表した母子像が、ラファエロら巨匠による聖母子画が宿るナショナル・ギャラリーに登場した。たった今誕生したことを物語るように、二人はまだへその緒で結ばれ、体液を纏った子が母の腹の上にうずくまっている。母の髪は汗に濡れ、その白い肌には血管が薄っすらと透けてみえる。サイズさえ半分でなければ生身の人間と思えるほどリアルだ。

ポーラ・レゴ、ピーター・ブレークらに続き同ギャラリーの五人目の提携作家に選ばれたミュエクは、美術界での経歴は7年たらずと意外に浅い。映画やテレビ番組用の模型作りの専門家として成功を収めた彼は、'96年に義理の母レゴのために彫刻「ピノキオ」を制作。ヘイワードギャラリーでのレゴの回顧展に忍ばされたこの作品が話題となり、蒐集家チャールズ・サーチの目に留まった。翌年、ロイヤル・アカデミーでの「センセーション」展で父の亡骸を模った「Dead Dad」を発表し、その稀にみるリアリズムが絶賛され、一躍、英国現代美術界の寵児となった。

提携作家としての締めくくりである本展では、館内の収蔵品から発想を得て作られた立体4点が展示されている。ルネサンス期の聖母子画に感銘したというミュエクらしく、作品は前出の母子像のほか、妊婦の立像など、母性や誕生といった伝統的主題を追及した作品が目立つ。前出の母子像とは対象的に、妊婦の立像は高さ2.5メートルの巨体で表され、その腹がはちきれんばかりに前方に突出している。伸びをするように頭上で組まれた腕の下からは、胎内の子に意識を集中するかのように目を閉じ、やや疲れを帯びた母の顔が覗いている。

ミュエクの彫刻にはシリコンやファイバーグラスなどの現代素材が用いられているものの、その製法は古の巨匠達と変わらぬ伝統技法だという。まずは粘土で原型となる塑像を作り、それをもとに鋳型を制作し、そこにシリコンなどの最終素材を流し込み彫刻をつくりだす鋳造法(cast)が用いられている。素材はより高い完成度を達成するために使い分けられ、前出の二つの作品の場合、頭部には毛髪を埋め込められるゴムのような性質を持つシリコンが、体には鋳造時にできた繋ぎ目を操作しやすいファイバーグラスが使われているという。

時にリアリズム探求の歴史といわれる西洋美術史を紐解くと、そこには人間の息吹を吹き込んだかのような名作がたくさん見つかる。しかし、精巧につくられたそれらは見事に再現された「彫刻」ではあっても、それらを生身の人間と錯覚することはあまりないだろう。ところがミュエクの場合、どうかするとその錯覚が可能になってしまうから恐ろしい。実際にはサイズが操作されているため生身の人間でないことは一目でわかるものの、皮膚、皺、体毛、毛穴へと、視界が全体像から細部へと移るうちに、そのあまりにもの精緻さに作り物であることを拒みたい衝動に駆られる。ミュエクの作品は心を掻き乱すとよく表現されるが、それはハイパーリアルという言葉が似合うこの度合いを超えた細密な表現のせいなのかもしれない。タブーの領域を犯し最もプライベートなシーンを大胆に描くミュエクの母と子はいかにも現代的と言えるが、その並々ならぬ技巧にはナショナル・ギャラリーの巨匠達も脱帽といったところでしょう。

伊東豊子(Toyoko Ito), 2003年5月

Ron Mueck: Making Sculpture at the National Gallery
030319-030622
The National Gallery


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