Rut Blees Luxemburg, President, 2001
Cauchemarシリーズから
Courtesy Laurent Delaye Gallery

パリの夜をつつむ光のヴェールと、闇に隠れる都会の片隅。まるで地を這うように地面や壁を捉えたそこには、路地を流れる汚水にドロ、ぼろぼろの壁に蔦など、華やかな歓楽街の影にひそむ街の姿が収められている。同じくパリを撮り続けたブラッサイの写真に色があったらこんな感じかもしれないと想像してみるが、でもそこにはブラッサイの写真を彩る「人」はみあたらない。享楽のあとの静まり返った夜の街がRut Blees Luxemberg(ラット・ブリーズ・ルクセンバーグ)の世界なのだ。

しかし不思議にも、無人のなかに人の気配が感じられる。その気配は壁の染みや足跡に感じとることもできれば、もっとシュールで冗談っぽく人の存在が場面に忍び込んでいることもある。例えば、大理石の壁を撮った「The Dandy」では、もつれた根っ子のようにみえる石の模様の背後から、怪しげに光る目が覗いているようにみえる。壁に反射する街灯の仕業だそうだが、長時間露出の結果暗闇にひそむ怪物のように見えなくもない。生い茂る木々を撮影した別の作品「Wound」では、葉の隙間に何気なく空いた隙間が人のシルエットようにみえ、やはり無人の光景に人の気配を感じさせる。



Rut Blees Luxemburg, The Dandy 2000
Cauchemarシリーズから
Courtesy Laurent Delaye Gallery

一つのイメージの中に別のイメージをしのばせる試みはシュールレアリスト達をはじめ長年試されてきたエリアだが、ルクセンブルグの写真ではこれが神秘的に表現されている。神秘のエッセンスは実際に撮られたシーンとそこから生まれる別のイメージとの落差なのか、彼女の写真を包むドラマチックな明暗なのか、それとも単にレトロな表現に懐かしく感じているだけなのか自分でも定かではないが、やたら惹き付けられる。

今回の「Cauchemer」シリーズは街灯だけを光源に撮影され、時に露出時間は20分にも及んだという。ファインアートにおける写真というと、凝ったセッティングに俳優起用の演出系、または現実性と社会性を貫いたドキュメンタリー系、さらにはコンピュータ操作といった傾向がみられるなか、オーソドックスな撮影方法でイメージ創りをする彼女の作品は最近の路線からは反れているように感じる。どちらかと言うとまだモダニズムの延長線上にいるといった感じだが、私には逆にそこが新鮮に感じられる。制作工程の裏やコンセプト、社会性など堅苦しいことを抜きにして、暫しイメージの魅力だけに陶酔していまえるそんな作品に感じる。

伊東豊子(Toyoko Ito), 2002年10月

Rut Blees Luxemburg
"Cauchemar"
020914-021026
Laurent Delaye Gallery


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