David Falconer
Modern Artでのインスタレーション風景。
photo: kuma, 2002©


ギャラリー(Modern Art)に一歩踏み入れると、放射能を浴びて突然巨大化してしまった細胞みたいな物体が小さい部屋全体を占領していて圧倒される。まるで円谷プロのスタジオだ。辺りには説明文も無ければ他の作品も無い。ついでにわずか数秒前ドアを開けてくれた人も消えていた。

生きている気配が無いことを確認して近づくと、表面の凹凸が視界のフォーカス内に入り、無数の溝鼠の固まりで出来上がった物体であることがわかる。更に近寄って観察すると、一匹一匹のディテールが細かくて彫刻にしてはやけに生々しく、悪質な印象が漂うのと同時に子供の頃持っていたソフビのゲテモノ玩具を思い出させられた。



David Falconer
Modern Artでの
インスタレーションから。(部分)
photo: kuma, 2002©

次に訪れたChapman Fine Artの方でも、同じくDavid Falconer(デイヴィッド・ファルコナー)のビデオ・インスタレーションが展示されていた。そこに居た子に鼠のことを聞いてみた。

  「あのー あちらにあった鼠のことですが・・・」
  「全部塗装するのにチョー時間かかったんだから!」
  「っあ、そうですか?」
  「だって私がやったんだもん!」
  「え?、君がデイビッド??」
  「馬鹿ね、手伝ってただけよ!」

鼠の型から取った樹脂の模型を塗装したものであることが分かったが、本物の鼠の死体から取った型かどうかは聴きそこなった。

ファルコナーは数年前にCharles Saatchi(チャールズ・サーチ)によって「New Neurotic Realists」と名づけられたイギリスのアーティスト達の一人だ。ある一時期に作風や思想が重なった場合、種分けのために総称を付けるのはアカデミックな観点からは意味があると思うが、サーチの動機はどちらかと言うとブランド化によるマーケティング効果をねらったものに過ぎないと言う意見が主流のようだ。

その反面、ファルコナーの作品はチャップマン兄弟の作品等との共通点があり、アートに視覚「美」を求めがちな心に、現代社会の陰に日常茶飯事化して潜んでいる残虐やタブーに対し改めてショックを感じさせる効果をもっている。コンテンポラリー・アートは、多彩化する表現の術であり「美術」ではないってことだ。

Kuma, 2002年6月

David Falconer

Modern Art
020608-020721
Installation

Chapman Fine Arts
020608-020721
Video


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