「顔が命です」というコピーを使ったCMが昔あった。現代の写真メディアを扱った今回のSaatchi Gallery(サーチ・ギャラリー)での「I AM A CAMERA」展では、何よりもこのコピーを連想させる作品が主になっていたと感じる。色々な表現方や技法によって表されたこれらの顔は、人間社会が多種多様な生き様の個人で成り立っていることを象徴しているかのようだ。

「I Am a Camera」展
010118-010325
5.00GBP (3.00GBP)

Saatchi Gallery
98a Boundary Road,
London NW8
020 7624 8299

Nan Goldin(ナン・ゴールディン)の149枚のスナップ「Thanksgiving」は、売春婦、麻薬常習者、同姓愛者、トランスベスタイトといった彼女の世界を彩る仲間達で賑わう。ラリッた顔や沈んだ顔、ベッドで戯れる姿やボーっとしている姿を通して、作品にはこの狭い世界で生きる人々の私生活が露に記録されている。また人々の交わりと孤独がパッチワークのように綴られ、まるで人生そのものを描いているようだ。一見サブカルチャー系の雑誌にありそうなスタイルに見えるが、艶やかな色に包まれた数々のシーンは現実的な内容にもかかわらずどこか神秘的だ。
地下鉄: St. John's Wood,
Swiss Cottage (Jubilee Line) 
徒歩15分

Bus: 139 (Abbey Road途中、Clifton HillとBoundary Rd.の間で下車)

開館時間:木ー日1200-1800
Jessica Craig-Martin: Grammy Awards, New York, March 1998その向かいの壁に展示された、Vogue誌のパーティー・フォトグラファーJessica Craig-Martin(ジェシカ・クレイグ・マーティン)の作品にはパーティーを彩る社交界の有名人達が登場するが、Goldinとは対照的に大胆にフレームされた写真には一切顔がない。まるで仕事で取材するモデルや女優達の真のアイデンティティーに焦点を当てているかのように、何百万ドルもするエメラルドのネックレスで飾ったシワだらけの首や、個性の無い体にまとった有名デザイナーによる派手なドレスが主役となっている。このユニークな作品に至った動機を彼女はあるインタビューで二つ挙げている。顔に焦点が置かれている写真が有名人の場合ほとんどだということと、訴えられやしないかという不安があったというのがそれだ。どういう動機であれ、宝石や服に乗っ取られたCraig-Martinのセレブ達は、物によって人のステイタスや価値を計りがちな人間社会の真実を指摘しているようでいて小気味いい。
Jessica Craig-Martin, Grammy Awards, New York, March, 1998
Courtesy:Saatchi Gallery, London
Jason Brooks: Lois, 2000Jason Brooks(ジェイソン・ブルックス)と杉本博司は、それぞれの肖像作品を通じ「絵それとも写真 ? 」という質問を観る人に問いかけているようだ。Chuck Close(チャック・クローズ)の技法をそっくりそのまま用いたBrooksの作品は、絵にもかかわらず写真のような仕上が りで観る人の目を欺く。白黒写真をもとに描かれたごく普通の人達の姿は、クローズアップ写真的な構図にレンズを見ているような彼らの視線が加わり、証明写真の中の人物に見えなくもない。
Jason Brooks
Lois, 2000
Courtesy:Saatchi Gallery, London
杉本博司 (Hisroshi Sugimoto): Henry VIII, 1999一方Brooksとは対象的に、杉本は絵画風に仕立てた写真で私達の目を試す。新作「Portrait」シリーズから選ばれた今回の作品には、ヘンリー8世とその6人の妻達がで白黒写真に収められている。博物館の蝋人形を撮影したものなのだが、肖像画に見えるよう構図やライティングなど色々と工夫がなされている。16世紀の衣装をまとい当時の肖像画と同じポーズを取り額縁におさめられた人物は、白黒という奇妙さにもかかわらず、絵のように見えてしまう。また選ばれた人物が明らかに写真の発明以前の人物であることが、一層これらの作品を絵画のように私達に印象づける。
Hiroshi Sugimoto
Henry VIII, 1999
Courtesy :Saatchi Gallery, London
Tierney Gearon: Untitled, 1999-2000ファッション・フォトグラファーを本業とするTierney Gearon(ティエルニー・ギアロン)の作品の主役は彼女の子供達だ。コバルトブルーの海と白い砂浜をバックに遊ぶ子供達の写真は一見優雅なホリデースナップという感じだが、よく見ると異質な光景が巧妙に隠されている。遊んでいる子供達のすぐ脇に交通事故の現場らしき光景が写っていたり、狼のマスクを手にする子供達の足元に狼の死体らしきものが転がっていたりするのだ。頻繁にマスクで顔を覆って登場する子供達だが、あどけない幼児の体にアクの強いマスクという組合せは違和感が強く不気味だ。顔の表情がわからないことが更にこれを強調する。


Tierney Gearon
Untitled, 1999-2000
Courtesy :Saatchi Gallery, London
Gearonの一見優雅なホリデースナップとは対照的に、Richard Billingham(リチャード・ビリンガム)の家族スナップは生活感であふれている。他人の目が届かない「家」という特別な空間で、Billinghamの両親が自然に振舞う姿がまるで隠しカメラで撮ったかのような克明さで捕えられている。貧しさが染み込んだ部屋の中で半裸で酔いつぶれる姿や、本能に任せて食べ物を手にする姿などで登場する二人は、どこか惨めで見ていて辛い。だがもっと堪えるのは、Billinghamの作品が二人の姿を通して人間全般に通じる本質を描いているように感じられることだ。この本能的な要素は、一番遠く感じるCraig-Martinのセレブ達でさえ逃れられない一面なのかもしれない。  

今回の展示会ではかなりキュレーターのフォーマリズムが見えるような気がした。顔のテーマの他にも、アーティスト達を二人ずつ対比するよう組合せ、ショーのリズムを作り上げている。更に技法的には、絵画と写真の両要素を追求する杉本とBrooksと、小型カメラ特有のスナップ撮影を用いたGoldin、Craig-Martin、 Gearon、Billinghamらの二つのグループに分けている。本記事では取り上げていないが、photo-realismを追求しているCraigie Horsfield、Kristin Calabrese、Duane Hunson (立体像)も同じく対比目的で展示されていることが読み取れる。イギリスにおけるコンテンポラリー・アートの一つの指標とも言われるSaatchi Galleryの選択と操作を感じさせられた。

 

伊東豊子(Toyoko Ito)、2001年2月6日


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